書くことあり日記:恐怖とノスタルジーと美とかいろいろ

 

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 このまとめを夢中で読みふけってしまった。

よりぬき「子どもの頃怖かったデザイン」 - Togetterまとめ

よりぬき「子どもの頃怖かったデザイン」 - Togetterまとめ

2015/02/23 18:43

思うに恐怖という感情とノスタルジーはとても相性が良いので、大人になると誰でも過去の記憶を「懐かしがりながら怖がり、怖がりつつ懐かしむ」という楽しみ方ができるようになる。

そこには「こんなものを怖がっていたのか」という、過去を少々見くびるような感情も混ざっている。「今でもこれは本気で怖い」というスパイスも混ざっている。

では、恐怖以外の感覚はどうか。

子供の頃は美味しいと思っていたが、大人になるとさほどでもない食べ物。

子供の頃は面白いと思っていたが、大人になるとさほどでもない読み物。

などは幾つも例を思い浮かべることができるし、その逆もある(大人になって美味しいと思えるようになった食べ物やフィクションなど)。

美に関してはどうであろうか?

例えば「異性に感じる美しさ」は、第二次性徴前と後では多少のずれが生じる。

子供の頃に美人だと思っていた幼稚園の先生が、大人になって思い返してみるとさほどでもないとか。

しかし私は幻滅した話をしたい訳ではなくて、逆!!逆です!!

むしろ、ここからが本題!

特に、第二次性徴前に感じていた、異性に感じる美しさというものは、二度とないくらい甘美で独特の良さのある感情だったなあ、ということ!

具体的に言うと小学校一年生の男の子が、小学校六年生くらいの女の子に感じる、自分より頭三つ分くらい背の高いお姉さんの持つ美しさや優しさ、すらっとした感じ、幼虫がさなぎを見て思うような洗練のフォルム、あれはもう二度と訪れない「いいもの」であった。

判断する機能が未完成なのに未完成なりに感じている、いいもの。

もっと具体的に言うと、私が小一の頃に通学途中に転んで膝をすりむいて、通学班の班長だった小六の女の子に絆創膏を貼ってもらったりしたことがあったのだ。

皆さん、あれです!

もし今あれを再現したい、と思ったら、どうしたらいいのだろうか?

身長二メートル八十センチくらいのスラーッとした夏目三久真木よう子が私のところへフワーッとやって来て「あなたのブログ、面白いわね~」なんて言って、頭を撫でてくれたり、絆創膏を貼ってくれたりすればいいのか?

仮にそれをやったとしても、もう第二次性徴前の自分には戻れないので、後の視線で見てしまうではないか?

後の視点で眺めれば、そんなの単なる巨人症の細長い女に過ぎないんだよ!

何かそういう短編が藤子・F・不二雄にあっただろ!

それとは微妙に違うんじゃボケ!

美人でも不美人でもなくて、母親でもなくて、思い出そうとしても思い出しにくい種類の、何だか意味不明の良さが欲しいわ!

ボーッとしたままで、心の中だけで少々頬を赤らめるような感じをくれよ!

だんだん八つ当たりっぽくなってきて、何にツッコミを入れているのか、よく分からねえよ!


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