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観た映画:「海よりもまだ深く」

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主人公のダメ男ぶりが他人事と思えず、胸が苦しくなった。今回は歴代の是枝監督作品中、最も感情移入して観たかもしれない。是枝監督は「良多」という名前をしばしば主人公の名前に採用していて、阿部寛の時(「歩いても歩いても」)は勿論、主人公が福山雅治の時(「そして父になる」)も良多である。字は違うが自分も似たような名前なので、いつも映画内の会話で自分を呼ばれているように感じて多少ドキッとする。

別れたというか、見限られて捨てられたような形で離婚した妻(小学生の息子は妻の方で暮らしている)と、何とかしてよりを戻したいダメ主人公だが、美人の元妻はとっくに次の男を見つけているという設定である。

 

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後半は特に元妻の真木よう子に主人公がネチネチ苛められて、観ている自分は真木よう子のファンなので悲しいような嬉しいような、いたたまれないような泣きたくなるような、何とも複雑な心境である。例えば主人公が「人生ゲームやろうか?」と持ちかけると「あんたと人生ゲームなんて冗談じゃないわよ!」と鬼の形相で怒られる。笑うに笑えない、泣くに泣けないこの厳しさ。

厳しいといえば「養育費が払えない」という、金の工面が終始この映画の中での大問題なのだが、ほとんど好転する気配がゼロである。ギャンブルは勿論、仕事もダメ、借りる当ても次第に減って、質に入れる物も無く、漫画の原作をやらないかという話などは最初から当たる訳がないと作り手も観客も思っている。

ところが息子だけは主人公の味方で、母親の再婚を阻止したいという点では父と立場が一致している。ハリウッド映画ならダメなパパでも何かしら奮起してポイントを稼いで、やがて感動的で劇的なクライマックスを迎える筈だが、そうならないところに微妙な穏やかさ、静けさとリアリティがある。宝くじを希望として見ているのが主人公とその息子だけという点がまた実に悲しくて同時に滑稽で、それでも後味がよい悲喜劇になっている。

「だった、だった」という家庭内の口癖だとか、三回言う時は○○、とか、幾つかの伏線が縒り合わさるタイミングや感触はいつもの是枝節で、そういう技はこれまで以上に冴えている。

 

映画を撮りながら考えたこと

映画を撮りながら考えたこと

 

 

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www.newsweekjapan.jp

 

音楽はすべて余計でわざとらしかった。「無い方がよい」としか思えず、特に最後に流れる曲は監督本人が気に入っているというので仕方が無いが、本当に毎度毎度「映画に音楽をつけるのは蛇足」としか言いようがない。

小説にCDが付属でついていたら皆が激怒して「こんなものいらない」「抱き合わせ商法はやめろ」「余分な金を払いたくない」と騒ぐはずだが、映画(特に邦画)には当然のように歌ものが付属していて、それがエンディングで流れるというのは悪習としか思えない。「たとえ監督であろうが、つまらない曲を付け足して映画の価値を傷つける権利はない」と言われる時代になってほしい。スパイクじゃないんだから。

 

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