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「アパートの鍵貸します」

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なぜか二度も三度も四度も観てしまうことになる映画と、一度観て良い印象を持っても観る機会がほとんどない映画とがあって、「アパートの鍵貸します」は後者に属する。

確か最初に観たのが高校生くらいの頃で、深夜に吹き替え版をテレビでやっていた(ジャック・レモンを愛川欣也がやっていて、シャーリー・マクレーンの方は小原乃梨子という組み合わせ)。人類が滅亡するでもなく、人が死ぬわけでもなく、ガスタンクが爆発したり飛行機から飛び降りたりする場面のない地味な映画なので、いくら小道具の使い方や伏線の張り方が見事でも、若者の自分としては「これより上手く仕組まれている映画は他にも沢山あるんだろうな」といった感想しか持てなかった覚えがある。

その後、本作は揺るぎないコメディ映画の名作として「お熱いのがお好き」と並べて称揚されるビリー・ワイルダーの映画、という位置に納まって、そのまま数十年が過ぎてしまった。

たまたま家にDVDがあって再見してみたのだが、これはコメディ映画というより98%くらいは悲しい映画なのだという印象を持った。

 

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最初の3分の1はとにかくジャック・レモンが悲しい。出世と引き換えに会社の上司数名に自宅を時間貸しして、一種の取引のようになっている主人公を今の目で見ると、哀れで物悲しくて切ない。冷静に考えると取引というよりは単なる不正なので、現在の日本で同じことをしたら変な風に見つかって、変な風に騒がれて、変な風に非難されるに決まっている。

それでもNYが舞台のコメディ映画なので、貸す側も借りる側もそこそこの狡さを持っている人物として受け入れることは可能である。

ところがシャーリー・マクレーンが出てくると、最初の「憧れの女性」のポジションから転落の一途を辿るのでこれまた悲しい。ほとんどジャック・レモンのことを忘れそうになるほど哀れで、気の毒で、可哀想で、いじらしい。中盤はどう見ても明るくはないし、「このことは絶対に誰にも言わないぞ」と約束した人物が次の場面ではもう言いふらしている、といった流れなどお約束のギャグとはいえ笑うに笑えない。

残りの3分の1も軽い喜劇というよりは重い悲劇で、最後はハッピー・エンドと受け止めている人が多いようだが、同時にかなり多くのものを失ってもいる結末なので、やはり万々歳とは言えない。それがそう見えないのはテンポの良さと説明を廃している語り口が見事だからで、最後のシーンなど実にあっさりしている。まったく普通の雰囲気で短いやり取りがあって、さらっとお終いになる。べたべたとしつこく語るより、この方がずっと稀なケースで、粋であるということが骨身に沁みてよく分かる。中学生や高校生に見せるには、少し勿体なさすぎる作品だと痛切に感じる。


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