タキトゥスの川柳

 

 

モンテーニュBotは、今日もまたゆかいな発言をしてくれたのでひとつ紹介してみたい。

 

 

この「悲しみの少ない者ほどはでに泣く」という文句は、訳では五七五風(実際の音数は五八五)になっていて、川柳っぽい。

 

年代記〈上〉ティベリウス帝からネロ帝へ (岩波文庫)

年代記〈上〉ティベリウス帝からネロ帝へ (岩波文庫)

 

 

「悲しみの少ない者ほど社葬で泣く」とでもすれば今でもサラリーマン川柳で入選しそうな普遍性を感じる。「さすがタキトゥスだ!」と「年代記」を読んでもいない自分でも感心したくなる。

と、ここでお終いにしようかと思っていたが、調べてみるとこの言葉はちょっと書き換えられているらしい。

 

西谷の本音でトーク:モンテーニュの結婚をめぐる考察: 西谷の本音でトーク

 

西谷の本音でトーク:モンテーニュの臭さ: 西谷の本音でトーク

 

さらに「モンテーニュの臭さ」という記事では、ルソーによるなかなかきつい批判も紹介されている。

 

ルソーは『孤独な散歩者の夢想』のなかでこんなことを書いていたではないか。《わたしはいつもモンテーニュのいつわれる無邪気さを笑っていた。彼は自分の欠点を白状するようなふりをしながら、ただ好ましい欠点しか暴露しないように用心しているのだ。》(岩波文庫、181ページ)ルソーのように逆境に身をさらされつづけた人間だからこそ、このモンテーニュの臭さがよく見抜けたのだ。

 

確かにちょっと、モンテーニュは偽りの、三枚目風の演技をしていることはしている。

 

hint.hateblo.jp

 

ただ、そのあたりの虚実も含めて「エセー」は面白いので、やはり私はモンテーニュの味方の側につきたい。

 


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