「立候補」

 

 

いわゆる「泡沫候補」は勝つ見込みがない。にもかかわらず「供託金を支払ってまで立候補するのはなぜなのか?」とは、誰もが抱く素朴な疑問である。

本作はそうした疑問にはあまり応えてくれないが、複雑な感慨を与えてくれたので順を追って簡単に感想を書いてみたい(ネタバレあり)。

 

映画「立候補」 [DVD]

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前半は何人かの泡沫候補の姿を並列的に扱っていて、どの立候補者もあまり政策や政治には興味を持っていない印象である。当選しないことを前提に選挙活動をしているような態度なので、供託金の無駄としか思えない。

ただ言動が珍妙な人間の姿は、それだけで平凡なドラマを演じる俳優よりもずっと興味をかき立てることは確かで、ナレーションが音声でなく文字で出る点など、独特のリズムがある。

 


映画「立候補」CANDIDATES THE MOVIE TRAILER

 

映画が進むと、次第に「マック赤坂」という、名前くらいは見おぼえのある候補者に焦点が絞られてゆく。この人の主張は「スマイル」「ポジティブ」といった抽象的な言葉に留まり、深みがない。政見放送で「コマネチ」と言ったり、街頭で「加藤鷹です」と言ったりするが、どこかずれているし、遊び半分のようであまり面白くならない。

 

何度踏みつけられても 「最後に笑う人」になる 88の絶対法則

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街頭でのパフォーマンスは大音量でヴァン・マッコイの「ハッスル」やクレイジーキャッツの「ゴマスリ行進曲」をかけてマラカスを振るというだけのもの。ダンスにすらなっていないし、ピンクのタンクトップを着た姿も変てこなので、正直なところ絵としても汚い図にしかならない。歌い出せば多少は通りすがりの人々も立ち止まるが、何か政治的な主張らしきものを訴え始めると途端に去ってゆく。

選挙は大阪府知事選なのだが、選挙区の外でも選挙活動を強引に行って、意味不明である。なぜか母校の京都大学へ行って、女子学生に注意されるとやけに居丈高になって怒りだす。強いものには反発していそうで大してしておらず、弱いものには居丈高で、この辺りまでは映画としてはかなりフニャフニャして退屈である。

ところがマック赤坂の長男で、宇野常寛みたいな顔の若者が出てきて、父親の活動は意味がわからない、ほか批判的な立場から物コメントを言い出すと突然、この映画に一本、芯が通ったようになる。泡沫候補者のグダグダぶりが前振りとなって、この場面が引き立つのである。

その後、敵対する候補者の橋下徹の街頭演説に横から大音量で割って入り、「あなたのように大観衆の前で演説できない、同じ供託金を払っているのに不平等だ、10分でいいから時間をくれ」と主張する。ここがクライマックスになるのだが、相当に無茶な主張なので当然「帰れ」コールを浴びる。

ところが、これが受け入れられて時間を与えられてすっかりご満悦になる。受け入れられたというより、上手いことあしらわれて「相手にしない方がいい」という判断でそうなっただけである。

いわば、ちょっと顎を撫でられたら大人しくなってしまう犬のような悲しい存在で、そこになぜか、この変人のことを肯定的に捉えたくさせるような奇妙な説得力がある。ダメな存在、つまらない男、支離滅裂な言動ばかりの年寄りに、なぜか一抹の同情心を寄せて「マック側」に心情が傾き、肩入れしたくなってしまうのだ。

その後、再び長男が出てくる場面があって、ここもちょっと筋は通っていないのだが、不思議なな説得力がある。終わり方も「やっぱりな」と思わせる関係者それぞれの回顧コメントがあって、まとまっている。

 

(038)泡沫候補 (ポプラ新書)

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本作を補完するような本があるようなので、こちらも読んでみることにした。

 

www.cinra.net

 

この対談も面白かった。映画を観た人も、これからの人にもお勧めしたい。


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