「男はつらいよ 柴又慕情」

 

 

本作のマドンナは吉永小百合演じる歌子である。その美貌が凄すぎるせいで、一緒に旅をしている友達が友達とは思えず、せいぜい珍妙な扮装をしたジャガイモのようにしか見えない。

いわば歩く公開処刑で、まったく何の罪のない女性たちを次々と処刑し続けるという悪魔のマドンナである。こんな娘に鈴なんか渡されて優しくされて、再会するたびに「会いたかった!」「会えてよかった!」なんて言われたら、寅さんでなくても舞い上がるだろう。

 


男はつらいよ 柴又慕情 HDリマスター版(第9作)

 

例によって寅さんが振られる直前に、勝手に浮かれて未来予想図を作り上げる。その様子と、崩壊の予兆をひしひしと感じているとらやの面々の沈んだ雰囲気のコントラストが可笑しくも悲しい。

 

 

いよいよ終盤になると、寅さんがとらやを「悪魔の巣窟」呼ばわりするレベルまで揉めて、その直後にずっと来なかった歌子さんが天使のような顔でふらりと訪れる。そのタイミングの方がずっと悪魔的である。それでパーッと場が明るくはなるのだが、おいちゃんが恨みがましく「悪魔の巣窟だもんな」と言い返すのもいい。

最後に寅さんがポツリと「雲になりたい」と言う。実は前々からこの「雲になりたい(=しがらみがなく自由、みたいな意味)」というレトリックはピンと来ない。雲はすぐに形を変えてしまうし、自ら動ける訳でもなく、自由という印象はないので(そんな私でも「北斗の拳」に出てくる雲のジュウザはカッコいいと思っている)。