ブルボン小林の「増補版 ぐっとくる題名」を読んだ。
様々な題名の魅力を分析し、批評したエッセーである。
扱われている範囲は、文芸、映画、音楽、漫画、ゲーム、などノンジャンルで幅広い。
普通に生活しているだけで、誰の頭の中にも数千から数万の題名インデックスがある筈なので、読めば何かしら「アレはどうした」「コレも入れておけ」と言いたくなって、ムズムズしてくるのではないだろうか。
今なら例えば、ブログ名や芸能人の公式HP名だけでもウジャウジャあるだろうし、テレビやラジオの番組名やサブタイトルも含めると、数万以上になるかもしれない。
と思っていたら「あとがき」に、
この本を読むことで、題名というものに対する皆さんの(ある種のオタク的な)「こだわり」が急に発生して「それだったらこっちの方が!」とにわかに興奮させたりしたら、この本は成功なのだ。
と書いてあった。
私はにわかに興奮してきたので、とりあえず十作品をササッと考えてみた。
これをベストテン形式で紹介してみたい。
第十位「私は海をだきしめてゐたい」
坂口安吾である。題名もいいが、いきなり、
私はいつも神様の国へ行かうとしながら地獄の門を潜つてしまふ人間だ。ともかく私は始めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、神様の国へ行かうといふことを忘れたことのない甘つたるい人間だつた。
という始まり方で、この調子が最後まで続く。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42909_23103.html
宮沢賢治、あがた森魚、ムーンライダーズ等にはセンチメンタル系の題名で良いものが多い。その手の路線で「春は馬車に乗って」などもいいが、代表的な例としてこれである。
第九位「水玉模様の夏」
角川文庫から出ていた青春小説である。
「夏服を着た女たち」、「ハーケンと夏みかん」、「甘夏組曲」など、夏関係であれば十や二十ではきかないほど名作がある。
自分としては「夏の何とか」という形よりも「何とかの夏」という風に、後にあった方がいい。
第八位「狩猟で暮らしたわれらの先祖」
「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」という大江健三郎の連作集の中の一編である。この時期のタイトルはどれもこのような力んだ雰囲気になっている。
初期の「芽むしり 仔撃ち」もセンスが根本的に違う。
ちなみに、若い頃からジャンルの王道を進むようなポジションにいて、かつジャンルの隅にいる人のような変態性も併せ持っているという点で大江健三郎と桑田圭祐はよく似ている。
桑田圭祐のサザン以前のバンド名で「桑田佳祐とヒッチコック劇場」というのが非常に好きである。歌詞では「天国の面積は人生を印刷するスペース」「モンローのパンティはケネディが決めたサイズ」など、しかしこれはタイトルではないので別の機会に譲ろう。
純粋な曲名では「思い過ごしも恋のうち」「C調言葉に御用心」「そんなヒロシに騙されて」などが良い。シンプルなタイプの極限として「海」がある。
第七位「大きい1年生と小さな2年生」
これはもしかして、人生初の「あるある」的指摘に感銘を受けたタイトルではないだろうか。世代的にはブルボン小林氏も知っている筈なので、このタイトルが「ぐっとくる題名」で採り上げられていても不思議ではないほどの名タイトルだと思う。
第六位「美しき穉き婦人に始まる」
稲垣足穂は、幻想文学系列として宮沢賢治や安吾と同じ枠に入れられそうだが、タイトルだけのセンスとしては、日本文学史上最強タッグともいえそうな二人(「銀河鉄道の夜」「月夜のでんしんばしら」「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」など)にすら少し勝っているように思う。シンプル系で「弥勒」、パロディとして「一千一秒物語」、とぼけた雰囲気の「ちょいちょい日記」、さらに「少年愛の美学」「ヰタマキニカリス」「A感覚とV感覚」まである。
ところで将来「日本タイトル史」のような本が書かれるとしたら、シンプル派の代表作家として幸田文が挙げられるに違いない。「父」「おとうと」「きもの」「流れる」「崩れ」、みな素晴らしい。
シンプルと言えば三島由紀夫もシンプルで「潮騒」「金閣寺」「春の雪」「美しい星」と見事なまでに単純なものが多い。「仮面の告白」「鍵のかかる部屋」など思わせぶりで短いタイトルもいい。
短いといえば「ペ ショートショート集」というのもあった。
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(後編に続く)