5月も「短歌の目」に参加したので、作歌の過程と解説と反省、裏話などを書いてみたい。
冒頭の太字部分は最終的な完成品を示している。
【前編】はお題の1~5まで。
1. うぐいす
うぐいすの声の届かぬ視聴者に不意を打ちたる字幕「VOW!WOW!」
↓
本物のうぐいすの声をほとんど耳にしたことがないので、「口から変なものが出てきたら面白い」といったアプローチしか思いつかなかった。
うぐいすの口から奇跡の大音響中心部の死者重軽傷者は数百万人
うぐいすの口から奇跡の大音響驚きのあまり頭痛肩こり癌が全快
うぐいすの口から奇跡のダミ声す頭痛肩こり癌も全快
しかし、このような発想で別の誰かが短歌を書いていたら、それを読んだ自分はどのような感想を持つだろうか……?たとえば某さんや何々さんが詠んでいたとしたら……、と考えると、あまり良い点はつけないだろうなという気がした。
要するに退屈なので、少し角度を変えて、誰かが「字幕」を間違えてしまうというのはどうかなと考え直した。放送事故のようなイメージである。
うぐいすの声を聞こえぬ人に出る字幕「VOW!WOW!」唐突に
うぐいすの声を聞こえぬ視聴者に字幕「VOW!WOW!」不意を打ちたり
「VOW!WOW!」とうぐいすの声の届かぬ視聴者に不意を打ちたる字幕流れる
これだと「間違えてるよ!」と言いたくなるような喜劇性が出て、少し良くなったように思えた。
あとは語順の問題で、前の方に置くと駄目に見るので、なるべく後ろに「VOW!WOW!」を置くようにした。
2. 窓
レイモンド・チャンドラー著「高い窓」新訳シリーズ第五弾
↓
「窓」というお題はありふれた単語だが、なぜか難しく感じられた。
偶然短歌になっている、ごく普通の言葉を持ってきて誤魔化そうという、逃げテクニックの一つである。
たまたま「窓」からチャンドラーの小説のタイトルを連想してこじつけてみた。
最後を七七にするのであれば「村上春樹新訳シリーズ」の方が整うのだが、どちらが良かったかは判断が難しい。
3. 並ぶ
手のひらよ腕上に並ぶ宝玉よ風塵に埋もれてをりぬ王墓は
↓
これも苦しんだ。「並ぶ」は活用させていいのかどうか不明だし、何もイメージが湧かない。
しかしお題が出たその日、たまたま見た写真があって、それは腕に宝石のような石が並んでいるというものだった。
この宝石の名前は何かと考えて、調べてもわからなくて、考えながら推敲しているうちに西洋のファンタジー風の感じになってきた。
手のひらの側の腕上に並ぶ宝石
手のひらから腕上へ並ぶ宝石の名を誰も知らない
手のひらよ腕上の並ぶ宝石の名を汚さぬために吾は◎◎◎
手のひらよ腕上に並ぶ宝玉のため王墓は風塵に埋もれをり
手のひらよ腕上に並ぶ宝玉よ王墓は風塵に埋もれてをりぬ
最初は不自然な気がしたが、「並ぶ」を外す訳にはいかないという条件下で整えているうちに、何となく手のひらや宝玉に語りかけているという孤独感が出てきた。
最終的に少し語順を変えて「王墓は」を最後に持ってきた。先祖代々の因縁のある宝玉のせいで小国が滅びたような雰囲気である。
ところで「短歌と俳句の違い」についてよく考えるのだが、俳句と比較にならないほど短歌と中世的な世界・神話・ファンタジーは相性が良い(その分、俳句は日本的な妖怪や幽霊が似合う)。
井辻朱美の短歌で、
草のなかにまぎれてゆきしジャケットの男たちまち半人半馬(セントール)となる
その地下にペスト死者の骨たくわえて聖堂蒼き天をさしたり
竜殺しのあまたの神話を思いつつエイのはばたく水槽すぎぬ
楽しかったね 春のけはいの風がきて千年も前のたれかの結語
水球にただよう子エビも水草もわたくしにいたるみちすじであった
など、いずれも実に素晴らしい。
私はファンタジー小説や漫画はあまり読まないが、読んだ範囲内では「ナルニア国ものがたり」(特に「朝びらき丸東の海へ」)、フィオナ・マクラウド(特に「かなしき女王」)、ダンセイニ、ムアコック、それから宮崎駿の「シュナの旅」などが印象に残っている。
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この種のファンタジー的世界はどれも描かれている世界が広いので、書くのは手間ひまがかかってしんどそうに見える。
短歌の場合は一場面や一瞬だけを描いて、「後はご想像にお任せします」で済むので楽である。
先月の短歌「ひとつの命ふた瘤の駱駝に乗せて三家系の王族来たれり」の続きと見えなくもないので、この続きはまた来月かそれ以降に詠めれば詠んでみたい。
4. 水
↓
事実として私はB型で水瓶座で、たまたま有村架純さんも同じであるとネットで知った。すると急に親近感が湧いてきて、ブログを読んだりしたのであった。
それをそのまま詠んでもつまらないので「憐憫の情を感じる」という感情を加えてみてはどうかなと考えた。
「お前さんもB型で水瓶座かよ……、気の毒にな……」
といった、謎の上から目線である。
「有村架純さんは水瓶座のB型です」の報に憐憫の情を催してオフィシャルブログを読みゐたるかな
どうも長くなってしまうし、まとまりが悪いので「オフィシャルブログ」を省くことにした。
勝手に「憐憫の情」を催している所が面白いつもりだったのだが、それも説明過剰に思えてきて削ることにした。さらに自分のことではなく「前科者」の視点の方が良いように思えてきた。
原因と過程と結果ではなく、原因と、結果(行為)の断片だけを提示して、中間の心理は読者が埋めるようにすればいいのだと考えた。
だんだん言葉を削っていって、最終的には上の◎とした。
何となくだが、少なくともこれは「あらすじ短歌」ではないという手応えがあった。
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ちなみに私はビリギャルどころか「あまちゃん」すら見ていないので、ファンの皆さんどうも済みません。
5. 海
海を知る少女の前で野球帽のわれは両手を広げて呆れられをり
↓
仕事の関係で、3月に千葉の海の近くまで行ってきた。その時にカツオの塩辛を買ったので、まずは、
海のそば安くて美味しいかつを塩辛
と書いてみた。が、そこから全く何も思いつけない。15分ほど過ぎても、何も思い浮かばなかった。
そこで苦し紛れに寺山修司の有名な短歌、
海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり
の立場をひっくり返すことにした。
本歌取り・パロディ的な短歌は前にも作っているので気楽だし、ジェンダーの問題がはてなブログで騒がれていたので、その件が少し頭の中に残っていたのかもしれない。
この短歌は名作中の名作であるとは思うのだが「海を知らぬ」少女という存在は、まだテレビどころか子供向けの図鑑すらほとんど普及していない時代が前提になっている。
そう考えると、寺山修司の幼少期が日本史上でその最後の時期である。だから辛うじて成立しているのだし、今の中学生や高校生は「海を知らぬ少女」という時点でもう理解できないのかもしれない。
海を見たことがない、知らないという少女は現実にはもういない。今となってはこの歌の中の少女は、理想化されたアニメの美少女風でもある。病弱で色白なクララや綾波レイの原型のような。
私の場合はこういう少女には縁がなくて、どちらかというと「海はなぜ塩辛いの?」「それはね、塩ジャケが泳いでいるからだよ」などという冗談を落語で覚えて、女の子の前でそれを言って呆れられるような幼少期を過ごしてきたのであった。
いわばチャーリー・ブラウンとルーシーのような関係なので、「なに言ってるの?」「馬鹿なの?」「話にならない!」と怒られる感じの方がリアルなのである。そういう立場や関係性の上でのリアルさがあるので、一応これはこれで良いと考えた。
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と色々書くことはあるが、思いついてから完成までの時間は1分くらいであった。推敲がほぼゼロで、今でもあまり反省材料がない。
後編はこちら↓