双子の仲直り

 

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 まだ若かった両親と、生まれたばかりの私の三人家族が建て売り住宅に住み始めたその日に、隣の家にもイギリスから白人の夫婦が越してきた。そして、ほとんど私と誕生日が一緒の双子の姉妹を伴っていた。
 すぐ隣に同じ年齢の姉妹が住んでいて、ちょくちょく行き来するという生育環境は、親にとっても子供にとっても悪くはない。むしろ、他人から羨ましがられるほどである。
 しかし、それが数十年も続くとなると話は別である。

 幼い頃は互いの家の出入りが自由で、兄妹同様の関係だった。建物のデザインがよく似ていたせいで、小学校の級友からは同じ家に住んでいるものと思われていた。私が「親戚ではない」「家族でもない」と説明するとひどく驚かれたり、かえって妙な誤解を受けることが重なったので、放っておくようになった。

 やがて年頃になると、私より先に周囲が姉妹の美貌に勘付いて、何かと冷やかされたり、手紙を渡されたり、間を取り持ってくれと頼まれたりするようになった。
 私は家族を守るような気持ちで、双子に悪い虫がつかないよう配慮した。いわば私は、二人と世間との間の交渉係であった。
 同時に、双子間の諍いの調停係、あるいは喧嘩の仲裁役も兼ねており、実はこちらの方が重労働であった。まったく感心するほど二人は仲が悪かった。顔は瓜二つで、性格や関心は正反対だった。私が漫画雑誌を貸すと、どちらが先に読むか、いつまでに返すべきか、返しに来るのは先に読んだ方なのか、後に読んだ方なのか、といった些細なことで必ず揉めるのであった。
 同じ顔で同じ声をした二人、仮にアリスとサリーとでもしておくと、休日の午前中はひたすらアリスの苦情を聞いて、午後はずっとサリーをなだめるといったスケジュールで一日が潰れることも珍しくはなかった。単に私の気が弱いせいで、便利屋のように扱われているようでもあった。当時は私も、下心めいたものが多少あったと言えなくもない。嫉妬らしき感情を漂わせてアリスが構ってもらいたがる素振りを見せたり、そういう時のサリーの拗ねた顔を見たりして、いい気分になっていたのだ。
 三人とも別々の大学に通うようになると、自然な流れでそれぞれの行動は別々になった。しかしこれも小休止に過ぎず、双子の険悪な関係は水面下でますます悪くなっていたのだった。

 卒業する二年ほど前からアリスが、
「立ち読みで暮らせないかなあ」
 と言い出した。
 アリスは本を読むのが好きで、しかも立って読むのが好きなのだという。
「死ぬまで立ち読みしていたいな。死んでからもずっと立ち読みをしていたい」
 普通なら誰からも相手にされないような願望であった。しかし無茶な相談事に慣らされている私は、アリスの気持ちをなるべく汲み取ろうとした。
「文献を調べたりする、研究職に就けばいい」
「そうじゃなくて、本当にずっと立ち読みだけをしていたいの」
「書店で立ち読みせずに、図書館でずっと立ち読みをすればいいだろう」
「それもそうかな」
 アリスは軽い調子でそう言っていたが、本気だった。図書館や自宅や、あるいはひと気のない場所にじっと立って本を読むようになった。卒業後は就職せず、立ち読みの合間に警備員のアルバイトや、匿名で飲食店の従業員の態度をチェックする仕事などを行って生計を立てていたらしい。
 その頃、サリーの方は背泳の選手として実業団に所属していた。大学卒業までは記録が伸び悩んでいたようだったが、二十代の半ばから少しずつ調子を上げて、オリンピックの選手に選ばれた。メダルは逃したものの、その後は指導者の道に進み、長く北欧に滞在することとなった。
 アリスは老舗の書店の宣伝写真に、偶然その立ち姿を捉えられたのがきっかけで、少々有名になった。高級な本棚の前に立つモデルをしたり、稀覯本に関する随筆を書いたりして、それが生活費の足し以上の額になったということで、都内にマンションを購入してひっそりと暮らすようになった。
 私は結婚しても、そのまま元の家に住み続けていた。だから、双子の両親が亡くなった際の葬式や、役所関連の煩雑な手続きも覚えている。法事の時ですら二人は互いを避けるようにして顔を合わせない。私は淡々と、アリスかサリーかの相談を受けては、当然のように無償で事務的な処理をした。

 私に孫ができる頃になっても、双子は独身のままだった。ある年の秋、ほぼ同時に二人に癌が見つかって、同時に悪くなって、年末には遺言らしき手紙を送ってきた。
 アリスからの遺言には、マンションや書籍を譲る、あるいは寄付するという項目の他に、意外な申し出があった。棺桶は縦に運んで出してほしい、そして横浜にある教会の墓地に埋める際は、どうか必ず縦向きで頼む、という内容だった。とにかく、死んでからも立っていないと落ち着かないらしい。
 驚いたことに、サリーからの遺言にも同様の願いが書いてあった。
「何しろ背泳で泳ぎ続けて、半世紀近くも体を横向きにしていたものだから」
 と書き添えてある他は、アリスと全く同じなのである。
 半年後、私は双子の合同葬儀を滞りなく終えた。
 しかし、遺言は無視して横向きに埋めた。

「縦にしてって、頼んだじゃないの」
「あれほど言ったのに」
 葬儀の半月後、二人は幽霊となって、やっと揃って現れた。空中に仰向けになって浮かび、天井に向かって文句を言う姿であった。
 私はこの時を待っていたのだ。
「変な向きの幽霊になったんだな」
「あなたのせいでこうなってるのよ」
「遺言をちゃんと残したのに」
「一度だけ文句を言わせてくれ。二人があの世で仲直りするのなら、縦にしてやる」
「わかったわよ」
「わかったわよ」
 声を揃えてそう言った。二人は仰向けのまま、渋々ながら手探りで握手した。

 数十年にも渡る仲違いは、こうして幕を閉じたのである。