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 こんな夢を見た。

 物心ついた頃から、自分は特別な扱いを受けている。
「ら桃かま生れ桃じ郎た太ゃ」
「たず村の子ち供っよ力り、とが強ゃい子じ」
 お爺さんとお婆さんの話はわかりづらいが、何となく伝わってくるものがある。村人も子供らも同じように話すので、大まかな意味は理解できるようになった。しかし、同じように話すことはできない。
 成長が早いせいで、村人たちから注目を浴びていた。力も同年代の子より強いらしいが、年齢でいえばせいぜい4~5歳ほどの差であって、大したものではなかった。
 頭の一部には硬い、平らな部分があって、石が当たっても痛くないほどである。このことだけは決して人に話したり、見られたりしてはいけないとお婆さんからしつこく戒められた。お爺さんからは、触るだけでも厳しく怒られた。
「こ桃りゃ太んそ郎、な所ばって触やいつるおるかが」
「手れが穢でなる、って洗おがいくい」
 時々だが、ひと気のない場所で村人は鬼に襲われた。しかし、その全てが鬼による仕業といえるのかどうか、疑問の声も少なくはない。

 年頃になると、自分に対する賞賛の声が、いつしか鬼退治の旅を促す方向へと変わっていった。
「は桃き、太っと郎をに鬼く征に伐なに行い違い」
「すもうぐて、退れく治しる」
「なり頼にるのお、だ前はじゃけいわ」
  村人たちは顔を合わせるたびに、
「つ旅いにる出の?ゃじ」
「んがばれし。と応る援らのか」
「とっ勝き、つにま決おっていわる」
 と、期待するような声をかけてくる。米や豆や大根を、食べきれないほど与えてくれるようになった。

 幾つかの季節が訪れては過ぎて、ますます機運は高まる一方となった。いつの間にか「日本一」と書いた幟と、鎧、兜、それに大小二本の刀が用意され、もはや断る余地がない。
 きび団子を渡されて、旅に出ざるを得なくなった。
「んばーいざ、ざーばんい!」
「をつお気てけ!」
「日の本、太一桃郎!」
 村や近隣の住人の総出で見送られて、軽くもなく重くもない足取りで出発した。

 しばらく歩くと、犬が寄ってきて「桃さ郎太ん、太さ桃郎ん」と歌うように呼びかけてくる。
「お前は人間並みに言葉が通じるのだな」
「おに腰けたつび団き子、ひつと私なにいだくさ」
「鬼征伐について来るのなら与えよう」
「なあたにつどていこでまも、と家な来ってまき行ょうし」
 やがて、猿と雉も同様に家来となった。

 海に出ると、鬼ヶ島は目視できるので方向を誤ることはなく、そう遠くもない。船で半日もかからずに到着した。
 犬、猿、雉は船に酔ったらしく、ぐったりしている。
「桃さ太にん、郎さ迷をかお惑ごはりけせてぬましな」
「こ我で々はこ、はて控おえすまり」
「を武っ運ごをまて祈おりす」
 という理由で、浜で待っているという。

 島には生き物の気配がなかった。
 ただ波の音だけに包まれている岩場を抜けて、階段状になっている通路を登っていくと、薄暗い広間に出た。
 地べたに直接、座り込むようにして十数名ほどの鬼がいた。どの顔もじっとこちらを注視している。
 中央にいる親分格の鬼が語りかけてきた。
「やっとここまで戻ってきたか」
 言葉が明解に通じる。
 そして、慈しむような目でこちらを見ている。
「俺とお前は、鬼と人間の間に生を受けたらしい」
 そのひと言で、過去のあらましを悟り得た。
「角が欠けて生まれたお前は川に流され、人里で育つことになったのだ。しかし顔はともかく骨格が鬼なので、薄々ながら周囲も気付いていたに違いない」
「だから鬼退治に行かせたのか」
「村人の誰も同行せず、見送りしかしなかっただろう。人間は奇妙なほど争いを好み、喜び、すがるように追い求める。それでいて自らの手を汚したり、傷ついたりすることは避けたがる」
「鬼は村を荒らすのか」
「年老いた鬼が、さ迷った果てに人里に出ることはあっただろう。しかし危害を加える目的で村へ行くことなどない」
「人々がここへ来たらどうする」
「刀や矢で襲われた程度で鬼は死なないのだ。傷めつけられても死ねないほど骨は強く、受けた傷などは何も食べずに寝ていてすら、たやすく癒える。さりとて人間を退治したところで恨みと憎しみを育てるのみ、何の益にもならぬ」
「ただ遠巻きに疎まれ、忌み嫌われているというのか」
「我々はただ争いを避け、じっと老いを重ねて衰弱を待つしかないのだ」
 言葉を失った。
「お前は人間の村に戻るのか」
「ここにずっといる訳にもいかない」
「ならば、鬼を退治したと言っておくがいい。土産に何か持っていけば村人は信じるだろう。知恵も胆力もなく、目先の欲と下卑た好奇心に従うだけの臆病な生き物だ」
「今も、浜で仲間の動物が待っているのだ。奇妙な人間語を話している」
「飼い慣らされている動物ならば、人間語を覚えて操ることもある。野の獣は我々と同様の言葉を解することもあるのだが」
「では退治したと言っておこう」
 そうしておけば、鬼ヶ島も当分は平和になる筈である。財宝を大八車に積んで一人で船まで運んでいくと、犬猿雉は人間語で喜んで飛び跳ねた。

 村へ戻ると、人々は財宝に目を輝かせた。そして凱旋した英雄を大げさに称え、鬼退治の一部始終を何度も聞きたがった。鬼に罪を押しつけて、自分の悪事を隠していたらしい村人の何人かは怪しむ顔をして、いつまでも不満そうにしていた。
 やがて妻を娶り、子を授かる頃になると、鬼の噂は村からすっかり消えたようだった。もう誰も鬼の話をせず、鬼を思わず、恐れも古事も島も忘れていた。
 山へ芝刈りに行き、大木を切り倒していると、無性に人間が疎ましく思えてくる日があった。年を取るに従ってますます厭世的になり、あの耳障りな言葉を聞くだけで、村人たちを皆殺しにしてやりたいと考える日もあった。