籠の鳥

 

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 こんな夢を見た。

 自分はごく平凡な平侍である。
 ある夜、忍者を捕えたとの報が城内をめぐった。
 滅多にないことで、心が騒ぐ。
 ところがその忍者を目にした誰もが、戻ってくると顔色を失っている。
「どんな奴だ」
「何とも……」
「少しくらい教えてくれ」
「……」
 苦い物を噛んだ表情で、言葉が出てこないようだった。

 翌日、その忍者の警護を命じられたので、座敷牢でその姿を見る機会を得た。
 行ってみると、黒ずくめの男が後ろ手を縛られて、地べたに座している。
 その顔には、横に何条もの傷痕が走り、もはや顔とも呼べない肉塊になっていた。正体を隠すために自ら小刀で傷をいれ、鼻まで削ぎ落としたのだという。目も口も、ささくれ立った無数の赤黒い筋となって見分けがつかない。
 傷はまだ濡れている。
 城主は神妙な面持ちで、
「敵ながら天晴れ」
 と呻かれたそうである。
 傷の手当てを頑なに拒んでおり、水も食べ物も口にしていないという。
 名は「黒影」と呼ばれていた。

 おそらくは何らかの重要な情報を得て、それを伝える使命があるからこそ、自害せずに生きているのであろう。それにしてもこの城に何か、探るべき機密情報や秘密があるのだろうか。
  
 昼夜交代の見張り番として、黒影から目を離さずに数日が過ぎた。
 やがて、万が一にも逃げられてはならじと、暗い座敷牢から、階層になっている天守の上階に移すこととなった。狭い部屋には何枚もの板が釘で打ち付けられ、周囲は二重三重に警備されており、まさしく籠の鳥であった。
 移送の際も黒影は縛られたまま、背筋をぴんと伸ばして音もなく歩いた。到着すると、再びじっと畳の上に座しているだけである。厠にも行かず、呼吸の気配もない。表情が判らないため、睡眠をとっているのかどうかすら不明であった。

 また数日が過ぎた夜。
 突然、小さく囁き、唸る声が耳に入った。
「何やら音が」
「何?」
 音の源は、黒影であった。
 微動だにせず、同じ姿勢で座したまま、奇怪な節の歌を歌っている。
 異国の言葉であり、意味がわからない。
 見張り番の数人に動揺が広がった。
「何の真似だ」
「面妖な」
「止めよ」
 しかし、その声は黒影には届いていないかのごとく、口の辺りの溝が開き、唸るように歌っている。


 Blackbird singing in the dead of night
 Take these broken wings and learn to fly
 All your life
 You were only waiting for this moment to arise


 階下から、さらに何人かが駆けつけた。
「止めろ」
「止めさせよ」
 黒影は動きもせず、歌い続ける。


 Blackbird singing in the dead of night
 Take these sunken eyes and learn to see
 All your life
 You were only waiting for this moment to be free


 また調子を変えて、歌を続けた。


 Blackbird fly, blackbird fly
 Into the light of the dark black night


 とその時、外からただならぬ気配が感じられた。
 もしやと思い、窓から外を見下ろすと、かつて目にしたこともない数の人影が、夜の城壁を這って乗り越えようとしていた。
 数千、あるいは数万か、それ以上の夥しい数である。
 黒装束が異様な速度で動き、外壁を登り越え、黒い溶岩流の勢いでこちらへなだれ込んで来ている。
 あまりにも事態が急迫しており、気が動顚した。
 速い集団の影は、既に天主の真下まで達していた。無数の蟻の如く、壁を這い上がってくる。
「殺せ!」
「殺せー!」
 と狂ったように叫ぶ声が聞こえたため、ますます城内は混乱を極めた。
「矢を!」
「槍を!」
 もはやこの城こそが、籠に襲われて締めつけられる鳥であった。
 ふと黒影を見れば、いつの間にか縄を解き、平然と立っている。
 顎に手をやると、顔の傷ごと厚い皮を剥いでしまった。
 皮の下から、握り拳ほどの顔が現れた。
「さらばだ」
 声をあげる間もなく、黒影は天井に飛び上がって壁を蹴り、身をひねって何かを投げた。
 顔を押さえて皆が倒れた。
 赤く染まった視界の向こうで、黒影は窓から夜の闇へと飛び去った。