イヒヒ姫とニタ郎

 

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 こんな夢を見た。
 自分は江戸時代の城にいる子守り役である。
 城には殿様の娘がいる。
 「いち」という名前だが、時々、妙な節をつけて「イ~ッヒッヒ」と笑うため、いち姫ではなくイヒヒ姫と呼ばれている。
 無口な弟の方は始終ニタニタしており、ニタ郎と呼ばれている。もともと二太郎という名前なので、不自然ではない。
「爺、あそぼう」
 イヒヒ姫は当年とって七歳、顔つきは水木しげるが描くところの猫娘にそっくりである。口の幅が三十センチほどあり、三角形の牙が上下にずらりと並んでいる。
 姫について歩くニタ郎は水木しげるが手を抜いて描いたような表情で、薄ぼんやりした、眠そうな様子である。
 自分は爺と呼ばれるほどの年齢ではない。しかし、逆らっても仕方のないこと、何を言われても素直に従い、面倒を見ている。
「何をして遊びましょう」
「ソングご飯がいい」
「して、ソングご飯とは?」
 姫の説明によれば、何らかの歌を歌い、歌詞に食べ物が出てきたらそれを食べることができるのだという。
「あたしからやる」
 姫は張り切って、さっそく歌い始めた。

 ♪桃太郎さん(略)
 お星につけた
 きじ団子
 ひとつ私にえんやらや

 歌詞を間違ってはいるものの、確かに食べ物が出てきている。終る前にはもうニタ郎が、お盆に載せたきび団子を持ってきていた。
「おいしい」
「おいしい」
 姉弟は喜んで食べている。
「次は爺の番じゃ。歌ってみせよ」
 子ども相手に、勝ってしまってはいけない。あの歌なら、と何曲かが思い浮かぶが、あえて食べ物の出てこない歌を歌ってやり、姫を勝たせればよいと考えた。

 ♪海は広いな(略)
 月は昇る(略)

 ところが案に相違して、姫は不機嫌になった。
「食べ物が出てこないではないか」
「そうですな、これはうっかり大失敗。姫の勝ちでございますぞ」
「食べ物が出てこない歌を歌った者は、罰として座敷牢へ閉じ込めて反省させるのじゃ」
 姫がそう命じると、ニタ郎はがっしりと自分の腕をつかみ、振り払おうとしても離そうとしない。五歳とは思えないほどの、万力のような強さである。
 おまけに姉弟の口からボソボソと、異郷の呪文めいた文句が交互に流れ出てくると、足が勝手に歩きだして、地下の牢屋まで歩いて行く羽目になった。
 ガチャリと鍵の音がして、閉じ込められてしまった。
「姫、おふざけは困りますぞ」
「そこで反省するがよいわ、イ~ッヒッヒ!」
 昼過ぎから殿や家臣が出払って、今夜は帰って来ないのを知っているらしい。しかも子守り役が逆らえないのを承知で、わざとこんな真似をしているのである。
 窓から外を覗いてみても、のどかな春の陽射しを浴びている草木が見えるばかり、誰の姿も見えない。
 かつては数千人の忍者に一度に襲いかかられ、それを撃退したというこの黒影城に、往時を偲ばせるような峻厳さは失われて久しい。それでも、太平の世にあってさえ外部からの侵入は一切できないように造り直されている。逆に、中から外にもたやすくは出られない。つまり、解決策がないのだ。出してくれるのを、ただじっと待つしかない。
 遠くから微かに、
「どっどど、どっどん、どうどい!」
 という、城下町のうどん屋のかけ声が聞こえてくる。

 翌朝、目が覚めると、もう牢屋の前にイヒヒ姫とニタ郎が待っていた。
「爺、あそぼう」
「ここから出してくだされば遊びます」
「またソングご飯をやろう、勝てば自由の身となるのだぞ」
「よろしい」
「まず爺が歌うのじゃ」
「では、コホン、お聞きになられよ」
 これはお茶の子さいさいである。次にこの遊びをする際は、必ずこれを歌うべしと昨日から心ひそかに決めていた歌があったのだ。

 ♪乙姫様のごちそう(略)
 鯛や平目の(略)
 ただ珍しく(略)
 月日のたつのも(略)

 格子越しに歌ってみせると、
「ごちそう!」
「ごちそう!」
 と姉弟は声を出して喜んだ。
「天守閣でさっそく、ごちそうを食べよう!」
 姫は鍵を出して、たちまち牢屋を開けた。
 二人は踊るような足取りで嬉しげに、
「ごちそう!」
「ごちそう!」
 と言いながら自分の手をひいて、階段を登って天守閣まで連れて行くのであった。

 着いてみると本当に山海の珍味や異国の果実が、隅から隅までぎっしりと並んでいる。まるで乙姫様が竜宮城から届けてくれたような豪奢な料理が、目も眩むばかりの量で用意されていた。
「爺、遠慮はいらぬ。食べてよいぞ」
 昨日の狼藉を子どもながらに反省して、詫びているつもりであろうか。
 だとしたら可愛らしいところもあるのだな、と考えて箸をつけると、甘すぎて食べられるものではない。
「ペッ、ペッ!この味は一体……」
「子ども用のごちそうだから、大甘にできているのじゃ。みな砂糖がまぶしてあるのだぞ」
 何でもお菓子のように甘くすればよいと思っているらしい。
 姉弟にとってはこのくらいの料理など見慣れたもので、どれもこれもせいぜい「ごちそう」という名のお菓子のようなものなのであろう。
 二人は、
「ごちそう!」
「ごちそう!」
 と言いながら遊び半分に口に入れて、喜んでいる。
(こんなことが、いつまで続くのであろうか……)
 ぼんやりそう思っていると、
「いつまでも続くのじゃ」
 イヒヒ姫が唐突に言った。
(もしや、心を読んでいるのでは……、浦島太郎を歌うつもりでいたことまで……)
 内心で驚いていると、
「べつに読んでないよ」
 と言い、イ~ッヒッヒ、と笑い始めた。
 その横で、ニタ郎もニタニタ笑っている。