オネーギンによる鉛筆の教え

 こんな夢を見た。
 オネーギン、というのは姉のことである。
 幼い頃からそう呼んでいるオネーギンが、色鉛筆を三十本ほど机に用意している。
「この鉛筆を折ってみなさいよ」
「いやだよ、もったいないじゃないか」自分は拒否する。「三本の矢じゃあるまいし」
「違うって」
「何が違うんだよ」
「どうしても大事なことを伝えたいっていう、オネーギンの気持ちがわからないの?半分くらいは意味の無いことだけど、それでも弟の心に届けたいのよ」
「じゃあ一本だけ折るよ」
 折ってみると、芯から血が一滴、ポタリと落ちた。
「何だこれ」
 続けて何本か折ると、どの色鉛筆からも赤い血が一滴だけ落ちる。
 オネーギンの目からも赤い涙が流れていた。
「鉛筆は生きているのよ」

籠の鳥

 こんな夢を見た。

 自分はごく平凡な平侍である。
 ある夜、忍者を捕えたとの報が城内をめぐった。
 滅多にないことで、心が騒ぐ。
 ところがその忍者を目にした誰もが、戻ってくると顔色を失っている。
「どんな奴だ」
「何とも……」
「少しくらい教えてくれ」
「……」
 苦い物を噛んだ表情で、言葉が出てこないようだった。

 翌日、その忍者の警護を命じられたので、座敷牢でその姿を見る機会を得た。
 行ってみると、黒ずくめの男が後ろ手を縛られて、地べたに座している。
 その顔には、横に何条もの傷痕が走り、もはや顔とも呼べない肉塊になっていた。正体を隠すために自ら小刀で傷をいれ、鼻まで削ぎ落としたのだという。目も口も、ささくれ立った無数の赤黒い筋となって見分けがつかない。
 傷はまだ濡れている。
 城主は神妙な面持ちで、
「敵ながら天晴れ」
 と呻かれたそうである。
 傷の手当てを頑なに拒んでおり、水も食べ物も口にしていないという。
 名は「黒影」と呼ばれていた。

 おそらくは何らかの重要な情報を得て、それを伝える使命があるからこそ、自害せずに生きているのであろう。それにしてもこの城に何か、探るべき機密情報や秘密があるのだろうか。
  
 昼夜交代の見張り番として、黒影から目を離さずに数日が過ぎた。
 やがて、万が一にも逃げられてはならじと、暗い座敷牢から、階層になっている天守の上階に移すこととなった。狭い部屋には何枚もの板が釘で打ち付けられ、周囲は二重三重に警備されており、まさしく籠の鳥であった。
 移送の際も黒影は縛られたまま、背筋をぴんと伸ばして音もなく歩いた。到着すると、再びじっと畳の上に座しているだけである。厠にも行かず、呼吸の気配もない。表情が判らないため、睡眠をとっているのかどうかすら不明であった。

 また数日が過ぎた夜。
 突然、小さく囁き、唸る声が耳に入った。
「何やら音が」
「何?」
 音の源は、黒影であった。
 微動だにせず、同じ姿勢で座したまま、奇怪な節の歌を歌っている。
 異国の言葉であり、意味がわからない。
 見張り番の数人に動揺が広がった。
「何の真似だ」
「面妖な」
「止めよ」
 しかし、その声は黒影には届いていないかのごとく、口の辺りの溝が開き、唸るように歌っている。


 Blackbird singing in the dead of night
 Take these broken wings and learn to fly
 All your life
 You were only waiting for this moment to arise


 階下から、さらに何人かが駆けつけた。
「止めろ」
「止めさせよ」
 黒影は動きもせず、歌い続ける。


 Blackbird singing in the dead of night
 Take these sunken eyes and learn to see
 All your life
 You were only waiting for this moment to be free


 また調子を変えて、歌を続けた。


 Blackbird fly, blackbird fly
 Into the light of the dark black night


 とその時、外からただならぬ気配が感じられた。
 もしやと思い、窓から外を見下ろすと、かつて目にしたこともない数の人影が、夜の城壁を這って乗り越えようとしていた。
 数千、あるいは数万か、それ以上の夥しい数である。
 黒装束が異様な速度で動き、外壁を登り越え、黒い溶岩流の勢いでこちらへなだれ込んで来ている。
 あまりにも事態が急迫しており、気が動顚した。
 速い集団の影は、既に天主の真下まで達していた。無数の蟻の如く、壁を這い上がってくる。
「殺せ!」
「殺せー!」
 と狂ったように叫ぶ声が聞こえたため、ますます城内は混乱を極めた。
「矢を!」
「槍を!」
 もはやこの城こそが、籠に襲われて締めつけられる鳥であった。
 ふと黒影を見れば、いつの間にか縄を解き、平然と立っている。
 顎に手をやると、顔の傷ごと厚い皮を剥いでしまった。
 皮の下から、握り拳ほどの顔が現れた。
「さらばだ」
 声をあげる間もなく、黒影は天井に飛び上がって壁を蹴り、身をひねって何かを投げた。
 顔を押さえて皆が倒れた。
 赤く染まった視界の向こうで、黒影は窓から夜の闇へと飛び去った。

8月なのに1月

 こんな夢を見た。
 自分が、日本有数の進学校の体育教師にされている。
 いつも半袖のポロシャツを着て、下はジャージで、首から笛をぶら下げている。
 共学の私立校で、およそ半数近くは女子生徒である。男女いずれも体育という科目や体育教師を馬鹿にしている訳ではないが、大学受験に関係ないので重視はしていない。

 8月1日が登校日で、そうでなくても補習や夏期講習で生徒たちは学校にせっせと集まってくる。
 暑い。
 それでも自分にとっては1月であり、自分だけは1月のように振舞っている。
 朝、廊下ですれ違う生徒が、
「おはようございます」
 と言うと、
「あけまして、おめでとう!今年もよろしくな!」
 と明るく応じる。

 終戦記念日になると、テレビでは戦争物のドキュメンタリーや追悼式典が放送される。
 しかし、自分だけは成人の日である。
 ガラーンとした職員室で、たまたまいる別の教師に話しかける。
「街には振袖のお嬢さんの姿もちらほらと、見かけますな……」
 見かける筈がない。
「えっ?そうでしたか……」
 と、相手の方が気まずそうにしている。
 人生は続く。

 12月になると、周りは忘年会の話をして慌しい。
 しかし自分には法務省から先月の末に通知が来て、2月として行動する義務が課せられている。
「もうすぐ忘年会かあ、14日でしたよね?」
 などと言われようものなら、
「義理チョコを貰う日だからなあ、その日の夜に酒はちょっと……」
 と尻込みする。
 あくまでも自分だけは、2月であることを貫き通さねばならないのである。
 人生はまだ続く。

 女子生徒が二人、わざとらしく「ひそひそ」と声に出して言っている。
「ひそひそ……、あの先生ってさ、何でやることがいつもずれてるのかな?」
「知らなかったの?昔は普通の人だったんだけど、罰でここの教師にされちゃったんだよ」
「罰なの?」
「罪を償っているのよ」
「何の罪で?」
「さあ……」
 自分は聞こえない振りをして廊下を歩いている。
 内心では、
(来月はきっと、あの二人も驚くに違いない)
 と、密かに笑いをかみ殺している。
  
 やがて世間は1月になる。
 正月も関係なく、1日から正月講習と称して、勉強している生徒たちがいる。
 自分は授業をする訳でもないのに、
「あけまして、おめでとうございます!」
 と元気いっぱい、馬鹿いっぱいの笑顔で挨拶する。
 例のひそひそと話す女子生徒らはビックリしている。
「あっ、わかった!」
 と察しのいい男子生徒が大声を出す。
「先生、今日は先生にとってはエイプリルフールなんでしょう?」
「そうでーす!今日だけはみんなと一緒の気分を、味わえるので~す!」
 人生はまだまだ続く。

 こんな夢を見た。

 物心ついた頃から、自分は特別な扱いを受けている。
「ら桃かま生れ桃じ郎た太ゃ」
「たず村の子ち供っよ力り、とが強ゃい子じ」
 お爺さんとお婆さんの話はわかりづらいが、何となく伝わってくるものがある。村人も子供らも同じように話すので、大まかな意味は理解できるようになった。しかし、同じように話すことはできない。
 成長が早いせいで、村人たちから注目を浴びていた。力も同年代の子より強いらしいが、年齢でいえばせいぜい4~5歳ほどの差であって、大したものではなかった。
 頭の一部には硬い、平らな部分があって、石が当たっても痛くないほどである。このことだけは決して人に話したり、見られたりしてはいけないとお婆さんからしつこく戒められた。お爺さんからは、触るだけでも厳しく怒られた。
「こ桃りゃ太んそ郎、な所ばって触やいつるおるかが」
「手れが穢でなる、って洗おがいくい」
 時々だが、ひと気のない場所で村人は鬼に襲われた。しかし、その全てが鬼による仕業といえるのかどうか、疑問の声も少なくはない。

 年頃になると、自分に対する賞賛の声が、いつしか鬼退治の旅を促す方向へと変わっていった。
「は桃き、太っと郎をに鬼く征に伐なに行い違い」
「すもうぐて、退れく治しる」
「なり頼にるのお、だ前はじゃけいわ」
  村人たちは顔を合わせるたびに、
「つ旅いにる出の?ゃじ」
「んがばれし。と応る援らのか」
「とっ勝き、つにま決おっていわる」
 と、期待するような声をかけてくる。米や豆や大根を、食べきれないほど与えてくれるようになった。

 幾つかの季節が訪れては過ぎて、ますます機運は高まる一方となった。いつの間にか「日本一」と書いた幟と、鎧、兜、それに大小二本の刀が用意され、もはや断る余地がない。
 きび団子を渡されて、旅に出ざるを得なくなった。
「んばーいざ、ざーばんい!」
「をつお気てけ!」
「日の本、太一桃郎!」
 村や近隣の住人の総出で見送られて、軽くもなく重くもない足取りで出発した。

 しばらく歩くと、犬が寄ってきて「桃さ郎太ん、太さ桃郎ん」と歌うように呼びかけてくる。
「お前は人間並みに言葉が通じるのだな」
「おに腰けたつび団き子、ひつと私なにいだくさ」
「鬼征伐について来るのなら与えよう」
「なあたにつどていこでまも、と家な来ってまき行ょうし」
 やがて、猿と雉も同様に家来となった。

 海に出ると、鬼ヶ島は目視できるので方向を誤ることはなく、そう遠くもない。船で半日もかからずに到着した。
 犬、猿、雉は船に酔ったらしく、ぐったりしている。
「桃さ太にん、郎さ迷をかお惑ごはりけせてぬましな」
「こ我で々はこ、はて控おえすまり」
「を武っ運ごをまて祈おりす」
 という理由で、浜で待っているという。

 島には生き物の気配がなかった。
 ただ波の音だけに包まれている岩場を抜けて、階段状になっている通路を登っていくと、薄暗い広間に出た。
 地べたに直接、座り込むようにして十数名ほどの鬼がいた。どの顔もじっとこちらを注視している。
 中央にいる親分格の鬼が語りかけてきた。
「やっとここまで戻ってきたか」
 言葉が明解に通じる。
 そして、慈しむような目でこちらを見ている。
「俺とお前は、鬼と人間の間に生を受けたらしい」
 そのひと言で、過去のあらましを悟り得た。
「角が欠けて生まれたお前は川に流され、人里で育つことになったのだ。しかし顔はともかく骨格が鬼なので、薄々ながら周囲も気付いていたに違いない」
「だから鬼退治に行かせたのか」
「村人の誰も同行せず、見送りしかしなかっただろう。人間は奇妙なほど争いを好み、喜び、すがるように追い求める。それでいて自らの手を汚したり、傷ついたりすることは避けたがる」
「鬼は村を荒らすのか」
「年老いた鬼が、さ迷った果てに人里に出ることはあっただろう。しかし危害を加える目的で村へ行くことなどない」
「人々がここへ来たらどうする」
「刀や矢で襲われた程度で鬼は死なないのだ。傷めつけられても死ねないほど骨は強く、受けた傷などは何も食べずに寝ていてすら、たやすく癒える。さりとて人間を退治したところで恨みと憎しみを育てるのみ、何の益にもならぬ」
「ただ遠巻きに疎まれ、忌み嫌われているというのか」
「我々はただ争いを避け、じっと老いを重ねて衰弱を待つしかないのだ」
 言葉を失った。
「お前は人間の村に戻るのか」
「ここにずっといる訳にもいかない」
「ならば、鬼を退治したと言っておくがいい。土産に何か持っていけば村人は信じるだろう。知恵も胆力もなく、目先の欲と下卑た好奇心に従うだけの臆病な生き物だ」
「今も、浜で仲間の動物が待っているのだ。奇妙な人間語を話している」
「飼い慣らされている動物ならば、人間語を覚えて操ることもある。野の獣は我々と同様の言葉を解することもあるのだが」
「では退治したと言っておこう」
 そうしておけば、鬼ヶ島も当分は平和になる筈である。財宝を大八車に積んで一人で船まで運んでいくと、犬猿雉は人間語で喜んで飛び跳ねた。

 村へ戻ると、人々は財宝に目を輝かせた。そして凱旋した英雄を大げさに称え、鬼退治の一部始終を何度も聞きたがった。鬼に罪を押しつけて、自分の悪事を隠していたらしい村人の何人かは怪しむ顔をして、いつまでも不満そうにしていた。
 やがて妻を娶り、子を授かる頃になると、鬼の噂は村からすっかり消えたようだった。もう誰も鬼の話をせず、鬼を思わず、恐れも古事も島も忘れていた。
 山へ芝刈りに行き、大木を切り倒していると、無性に人間が疎ましく思えてくる日があった。年を取るに従ってますます厭世的になり、あの耳障りな言葉を聞くだけで、村人たちを皆殺しにしてやりたいと考える日もあった。

双子の仲直り

 まだ若かった両親と、生まれたばかりの私の三人家族が建て売り住宅に住み始めたその日に、隣の家にもイギリスから白人の夫婦が越してきた。そして、ほとんど私と誕生日が一緒の双子の姉妹を伴っていた。
 すぐ隣に同じ年齢の姉妹が住んでいて、ちょくちょく行き来するという生育環境は、親にとっても子供にとっても悪くはない。むしろ、他人から羨ましがられるほどである。
 しかし、それが数十年も続くとなると話は別である。

 幼い頃は互いの家の出入りが自由で、兄妹同様の関係だった。建物のデザインがよく似ていたせいで、小学校の級友からは同じ家に住んでいるものと思われていた。私が「親戚ではない」「家族でもない」と説明するとひどく驚かれたり、かえって妙な誤解を受けることが重なったので、放っておくようになった。

 やがて年頃になると、私より先に周囲が姉妹の美貌に勘付いて、何かと冷やかされたり、手紙を渡されたり、間を取り持ってくれと頼まれたりするようになった。
 私は家族を守るような気持ちで、双子に悪い虫がつかないよう配慮した。いわば私は、二人と世間との間の交渉係であった。
 同時に、双子間の諍いの調停係、あるいは喧嘩の仲裁役も兼ねており、実はこちらの方が重労働であった。まったく感心するほど二人は仲が悪かった。顔は瓜二つで、性格や関心は正反対だった。私が漫画雑誌を貸すと、どちらが先に読むか、いつまでに返すべきか、返しに来るのは先に読んだ方なのか、後に読んだ方なのか、といった些細なことで必ず揉めるのであった。
 同じ顔で同じ声をした二人、仮にアリスとサリーとでもしておくと、休日の午前中はひたすらアリスの苦情を聞いて、午後はずっとサリーをなだめるといったスケジュールで一日が潰れることも珍しくはなかった。単に私の気が弱いせいで、便利屋のように扱われているようでもあった。当時は私も、下心めいたものが多少あったと言えなくもない。嫉妬らしき感情を漂わせてアリスが構ってもらいたがる素振りを見せたり、そういう時のサリーの拗ねた顔を見たりして、いい気分になっていたのだ。
 三人とも別々の大学に通うようになると、自然な流れでそれぞれの行動は別々になった。しかしこれも小休止に過ぎず、双子の険悪な関係は水面下でますます悪くなっていたのだった。

 卒業する二年ほど前からアリスが、
「立ち読みで暮らせないかなあ」
 と言い出した。
 アリスは本を読むのが好きで、しかも立って読むのが好きなのだという。
「死ぬまで立ち読みしていたいな。死んでからもずっと立ち読みをしていたい」
 普通なら誰からも相手にされないような願望であった。しかし無茶な相談事に慣らされている私は、アリスの気持ちをなるべく汲み取ろうとした。
「文献を調べたりする、研究職に就けばいい」
「そうじゃなくて、本当にずっと立ち読みだけをしていたいの」
「書店で立ち読みせずに、図書館でずっと立ち読みをすればいいだろう」
「それもそうかな」
 アリスは軽い調子でそう言っていたが、本気だった。図書館や自宅や、あるいはひと気のない場所にじっと立って本を読むようになった。卒業後は就職せず、立ち読みの合間に警備員のアルバイトや、匿名で飲食店の従業員の態度をチェックする仕事などを行って生計を立てていたらしい。
 その頃、サリーの方は背泳の選手として実業団に所属していた。大学卒業までは記録が伸び悩んでいたようだったが、二十代の半ばから少しずつ調子を上げて、オリンピックの選手に選ばれた。メダルは逃したものの、その後は指導者の道に進み、長く北欧に滞在することとなった。
 アリスは老舗の書店の宣伝写真に、偶然その立ち姿を捉えられたのがきっかけで、少々有名になった。高級な本棚の前に立つモデルをしたり、稀覯本に関する随筆を書いたりして、それが生活費の足し以上の額になったということで、都内にマンションを購入してひっそりと暮らすようになった。
 私は結婚しても、そのまま元の家に住み続けていた。だから、双子の両親が亡くなった際の葬式や、役所関連の煩雑な手続きも覚えている。法事の時ですら二人は互いを避けるようにして顔を合わせない。私は淡々と、アリスかサリーかの相談を受けては、当然のように無償で事務的な処理をした。

 私に孫ができる頃になっても、双子は独身のままだった。ある年の秋、ほぼ同時に二人に癌が見つかって、同時に悪くなって、年末には遺言らしき手紙を送ってきた。
 アリスからの遺言には、マンションや書籍を譲る、あるいは寄付するという項目の他に、意外な申し出があった。棺桶は縦に運んで出してほしい、そして横浜にある教会の墓地に埋める際は、どうか必ず縦向きで頼む、という内容だった。とにかく、死んでからも立っていないと落ち着かないらしい。
 驚いたことに、サリーからの遺言にも同様の願いが書いてあった。
「何しろ背泳で泳ぎ続けて、半世紀近くも体を横向きにしていたものだから」
 と書き添えてある他は、アリスと全く同じなのである。
 半年後、私は双子の合同葬儀を滞りなく終えた。
 しかし、遺言は無視して横向きに埋めた。

「縦にしてって、頼んだじゃないの」
「あれほど言ったのに」
 葬儀の半月後、二人は幽霊となって、やっと揃って現れた。空中に仰向けになって浮かび、天井に向かって文句を言う姿であった。
 私はこの時を待っていたのだ。
「変な向きの幽霊になったんだな」
「あなたのせいでこうなってるのよ」
「遺言をちゃんと残したのに」
「一度だけ文句を言わせてくれ。二人があの世で仲直りするのなら、縦にしてやる」
「わかったわよ」
「わかったわよ」
 声を揃えてそう言った。二人は仰向けのまま、渋々ながら手探りで握手した。

 数十年にも渡る仲違いは、こうして幕を閉じたのである。

野球から二塁が消えた理由

 世の中ってのは、理屈が通っていて「こっちの方がいい」と皆が自然に思ったら、投票なんかしなくても必ずそうなるものなんだ。世の中は理屈で動く。
 うん。もう随分と昔のことだからな。そりゃ見たことだってあるよ。そうそう、当時の野球の「塁」ってのは、今みたいにV字型の配置じゃなかった。トランプのダイヤ型だったんだ。
 つまりさ、ホームがあるだろ?次に一塁と三塁を直線で結ぶと、マウンドに当たるだろ?そうやってできた三角形の向こう側の頂点に「二塁」があったんだよ。キャッチャーの反対側に。
 その頃のランナーは一塁に出たら、必ず「二塁」を経由してから三塁へ進んでたんだ。4回も走らないとホームに戻れなかった。
 今の選手だったら心臓が爆発して死ぬ?そうかもしれないなあ。時計と反対周りで不自然?それもそうだなあ。

 とにかく、そういう野球だと不公平なんだ。
 だって、左打ちの選手の方が一塁に近いからね。右打ちの選手に比べると3歩から5歩は得してた。年間で400打席あるとするなら、1200から2000歩の差になる。その状態が何十年も続いていたんだからねえ。
 それで「右打ちの選手は三塁に走ってもいい」というルールになったんだな。
 ところがランナーが一塁と三塁にいる場合、ピッチャーゴロで二塁に投げると二人とも楽にアウトになる。セーフになっても、二人でいると二塁が狭い。

 これはまずいということで二塁が消えて、一塁に出たらもうホームに戻っていいことになった。三塁に出た時も、もうホームに戻っていい。行って戻ったら、1点。つまり、4回も走る必要がなくなって、往路と復路の2回で済む。
 選手は走る距離が短くなるし、点はボンボン入って観客は盛り上がるし、いいことだらけだったね。ランナーが一塁と三塁にいると、犠牲フライで2点入ったりしてね。

 そういう訳で「かつて二塁があった」という名残というか痕跡で、今は一塁と三塁だけが残ってるんだ。そのうちどっちか一つはなくなるかもなあ。

しりとりの練習をする少年【朗読編】

「よし、じゃあ松山、立ってこの詩を音読してみるように」

「……あ、はい……(……に、に、人魚姫!)」

「詩っていうのは心に響くように、心をこめて読むんだぞ?」

「はいっ!(……ぞ、ぞ、ゾンビ!)

 ……。

 カムチャッカの若者が……(……が、がんもどき!)

 きりんの夢を見ているとき……(……き、きりん!)

 メキシコの娘は……(は?わ?「は」でいいか、ハワイ!)

 朝もやの中でバスを待っている……(……る?うーん、ルビー!)

 ニューヨークの少女が……(……が、また「が」?眼帯!)

 ほほえみながら寝がえりをうつとき……(……き、気絶!)

 ローマの少年は……(……また「は」かよ、……はとバス!)

 柱頭を染める朝陽にウインクする……(……また「る」?……ルーレット!)

 この地球で……(……で、で、で、電池!)

 いつもどこかで朝がはじまっている…………(……また「る」?ルパン……!一世!あっ、これ自分的にはセーフ!セーフです!ぎりぎりセーフ!)

 ぼくらは朝をリレーするのだ…………(……だ、だ、ダイオキシン!じゃなくってダイソン!じゃなくて大地!はいセーフ!)

 経度から経度へと……(……と、と、と、鳥!)

 そうしていわば交換で地球を守る……(……「る」?ルパン二世!)

 眠る前のひととき耳をすますと…………(と、登山!……あーっ!あーっ!あーっ!)

 あーっ、と!

 どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる…………(……今のなし!……トビウオ!……それから、ルパン三世!)

 それはあなたの送った朝を………(………を?ヲコト点!あっ今のなし!「烏滸の沙汰」の「をこ」!はいセーフ!)

 誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ……(……だ、だ、だ、団体旅行!)」


「はい、ゆっくりと時間をかけて、心をこめて読んでくれたな!」

「……あっ、いや~………(な、な、難行苦行!)」

「でも途中の “ あーっ、と! ” は意味不明だけどな!」

「ええ~と、虫が背中に入って……(な、な、生傷!)」

「それはいいけど、お前、しりとり部の部長だからって、授業中にしりとりの練習とかするなよ?絶対だからな?」

「してませんよ~……(……バレてるのかよ~……な、内憂外患、じゃなかった撫で斬り!はいセーフ!)」

「授業中に、少しでも怪しい素振りがあったら、しりとり部は廃部にするからな!」

「当然っすよ!(……な、……納得……)」

「では最後に、教科書を閉じて『朝のリレー』の感想を言ってもらおうかな?」

「……………え~と、……………ですね………、………あのっ……、多分、ですけど……、ゾンビとか……、がんもどき等が………、……はとバスとか、ですね………、そういうのが………、はい………………ええ……ルパンとかが出てきて……、……で、リレーとか……する………みたいな……(…………な、な……、涙雨………!)」