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初心者の短歌日記:4月の創作過程と反省【後編】

初心者の短歌日記 短歌
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【前編】の続き。

hint.hateblo.jp

 

6.異

重層化する投網の如き縁(えにし)あり 異な光源を包まんとして

 

「異」は「異国」「異色」「異人」といった単語が思い浮かぶが、どれもイメージが湧かないで困った。

「縁は異なもの味なもの」という言葉を手がかりに考えてみた。

要は、

「縁のつながりを一本の線のように捉えていた時代はもう過去のもので、もっと網状だったり、それが重なって山のようであったりしているのではないか」

と言いたいのだが、こねくり回しているうちに、分かりにくい感じになってしまった。

 

 

7.花祭り

花祭り音頭で踊ろうヤットコナ 偶然ブッダと同じ日生まれ

 

花祭り」は調べてみると「釈迦の生誕を祝う」とあったので、偶然同じ日に生まれた人も多いはずだと考えてサラッと完成した。

 

 

花祭り音頭で踊ろうアーソレソレ 偶然ブッダと同じ日生まれ

 

花祭り音頭で踊ろうヤットコナ 偶然ブッダと同じ日生まれ

 

 

どちらかにしようと思って、後者にした。

 

ところが、「古句を観る」の中に似たような発想の俳句があったことに後で気づいた。

 

 

灌仏の日に生れけり唯の人

 

 

という句で、さらに芭蕉芥川龍之介まで引き合いに出して類想の例を挙げている。

そういう訳で、これは余りにも前例ありすぎ、表現も雑でよろしくない(この本はとても良い本なのでお勧めしたい)。

 

古句を観る (岩波文庫)

古句を観る (岩波文庫)

 

 

 

 

8.あらたまの

あらたまの年の初めに読む歌論 釈迢空の手ほどき優し

 

4月の初めは年度が改まって、正式には「年の初め」でないかもしれないが、まあいいかと思って新年のつもりで詠んだ。

実際に歌論を読んでいたので、事実そのままである。

 

歌の話・歌の円寂する時 他一篇 (岩波文庫)

歌の話・歌の円寂する時 他一篇 (岩波文庫)

 

 

 

 

あらたまの年のはじめに読む歌論 釈迢空の説き方やさし

 ↓

あらたまの年の初めに読む歌論 釈迢空の手ほどき優し

 

 

和歌の歴史や内容に関する本なので、実際は「手ほどき」ではないが、初案の「説き方やさし」だと、平易の「やさし」なのか、優しいの「やさし」なのか曖昧で気持ちが悪いので、少しピントをはっきりさせた。

 

 

 

9.届け

七夕に靴下吊るし願いよ届け サンタクロースに聞く義務はなし

 

元々、七夕の短冊に願いごとを書くのと、クリスマスは似ているので、まぜこぜにする子供がいても不思議ではないように思っていたのをそのまま書いた。

 

メモとしては、

 

 

「届け、この想い」みたいな路線は×

 

 

と書いてある。ポップスの歌詞みたいな路線は避けたいという考えである。

 

 

 

10.ひとつ

ひとつの命ふた瘤の駱駝に乗せて三家系の王族来たれり

 

「ひとつ」というお題からは「ひとつ、人より力持ち、ふたつ、故郷あとにして」といった数え歌しか思い浮かばなかった。

このまま書いていくと「大ちゃん数え歌」になってしまう。

 

大ちゃん数え唄

大ちゃん数え唄

 

 

ちなみに「大ちゃん数え歌」を歌っている吉田よしみは、今の「天童よしみ」である。

 

それはともかく、「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」は残して、

 

 

ひとつ人より力持ち ふたつふた瘤ある駱駝 みっつ水なき砂漠の裸族よ

 

 

としてみた。

しかし砂漠で「裸族」はどう見てもおかしい。

「♪大ちゃんドバッと丸ハダカ~」

という歌詞に影響されている場合ではないのだ。

 

そこで「王族」にして、長大な物語のプロローグみたいな場面を書けばよいのだという方針で調整した。

 

 

ひとつ陽差しは強くあり ふたつふた瘤ある駱駝 砂の王族

 

ひとつの命をふた瘤ある駱駝に乗せて みっつの家系の王族来訪

 

ひとつの命ふた瘤の駱駝に乗せて みっつの家系の王族来たり

 

ひとつの命ふた瘤の駱駝に乗せて三家系の王族来たれり

 

 

 

最後を「来たり」「来たれり」「来たる」のどれにするかで迷ったが、結局よく分からないまま「来たれり」とした。

こういうフィクション的な短歌も好きだし、自分のことをそのまま詠んだ短歌も嫌いではないし、作風としては十首でバラバラである。

これも統一した方がいいのか、そのままバラバラ路線でいいのか、よく分からないが、もう少し修行を積んで来月も参加してみたい。


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