今回は菊地成孔の追悼文集「レクイエムの名手」から追悼文のベスト10を選んだ。
普段は2位と7位が入れ替わったとしてもさほど違和感のないような、やや適当なベスト10をお送りしている「何でもベスト10」であるが、今回はやや気合いを入れて選出してみた。本書には甲乙つけ難い、読み応えのある追悼文が並んでいるためである。
それにしても追悼文だけで本を一冊作って出せるとは、現在の日本においては相当に珍しい。
そもそも追悼文が人目につく場所に置かれて読まれるためには、書き手がある程度の有名人でなければならず、そこそこの字数をもって追悼するにはその人の人気と文章力と思い入れと、生前にあった故人とのそれなりの関係と、さらには「格」のようなものまで備えていなければならない。
その上「本は売れない」と挨拶のように言われているし、過去に遡っても追悼文だけで本を出している人というと山口瞳くらいしか思いつかない。他には司馬遼太郎や丸谷才一のエッセー集でチラホラ見かける程度である。
また、作家は主に同業者の死を悼むだけにとどまるのに対して、菊池成孔は音楽関係者以外のプロレスラーや落語家、批評家や映画監督、学者や作家や芸能人や無名の人まで守備範囲の幅が広く、それでいて「いかにも義理で引き受けました」という雰囲気のやっつけ仕事が一切ない。
以下は本書で追悼された故人の人名である。
菊地徳太郎/長谷川勇/eMac/マイケル・ブレッカー/アリス・コルトレーン/植木等/清水俊彦/カール・ゴッチ/ミケランジェロ・アントニオーニ/イングマール・ベルイマン/テオ・マセロ/蒼井紅茶/ウガンダ・トラ/マイルス・デイヴィス/飯島愛/エリオ・グレイシー/忌野清志郎/マイケル・ジャクソン/三沢光晴/平岡正明/武田和命/ジョージ・ラッセル/加藤和彦/クロード・レヴィ=ストロース/浅川マキ/アレキサンダー・マックィーン/今野雄二/谷啓/キャプテン・ビーフハート/エリザベス・テイラー/団鬼六/ギル・スコット=ヘロン/山本房江(仮)/ジョン・コルトレーン/ビリー・ホリデイ/レイ・ハラカミ/エイミー・ワインハウス/立川談志/川勝正幸/伊藤エミ/コーリー・モンテース/桜井センリ/大瀧詠一/井原高忠/菊地潔/藤村保夫/中山康樹/DEV LARGE/菊地雅章/相倉久人
このリストから、全ての故人の職業を言い当てることが可能だろうか。全問正解は無理としても、およそ半分でも正確に言えればかなり年季の入ったサブカル好きと言える。
もし、十代や二十代で「一人も知っている人がいない!」と嘆く人がいるとして(おそらく大勢いる)、あえて今からでも知るべきだと言いたくなる人物がどれほどいるだろうか。
カール・ゴッチやエイミー・ワインハウスやキャプテン・ビーフハートを全く知らなくても、有意義で楽しい人生を送るための支障にはならないし、飯島愛も浅川マキも団鬼六も知らない人の方が、知っている人よりもずっと有利な条件でどこかの会社に就職できそうである。
そう考えると人の世の虚しさ、栄耀栄華の儚さというものが身にしみて感じられる。
そんな厭世的な気分を噛み締めつつの、
第十位!
「浅草人丹と赤いソノシート」!
これは植木等の追悼文で、
この数日間、ワタシの頭の中はJ-WAVEで流す植木等さんの追悼の曲を何にすべきか。大袈裟ではなくその事でいっぱいでした。幾十、幾百、そして幾千の曲が駆け巡りましたが、結局ワタシの頭の中を最初から最後まで流れ続けていたのは、不条理な事にこの曲でした。何故この曲なのか。根拠はまったく解りません。
という理由にならないような理由で流されたのが何と!マイ・リトル・ラヴァーの「YES」なのであった。
ちなみにこの文中には「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」に関する熱い想い入れも語られるので、こちらも併せてお聴きください。
第九位!
「ド・ゴール空港で一度だけ」
急逝したレイ・ハラカミへの追悼文。
これは短くて、比較的あっさりしている点がレイ・ハラカミの音楽と重なり合うようでもある。
うつむきかげんにシャイな自己紹介をし合い、「いやー、飛行機遅れちゃってますね」「いつ飛ぶんですかね」と言ったきり会話が途切れたのをよく憶えています。ワタシよりも8つもお若い。早すぎるとかいった常套句も口にする事が出来ません。氏の記憶をパリで留めているのは、恐らく世界中でワタシだけでしょう。
第八位!
「平岡先生の事」!
文字通り平岡正明の追悼文で、平岡正明について書かれた3つの追悼文の2つ目。
ダブ・セクステットもぺぺも気に入って頂いた様で「あのねえ君ねえ。あれは最高の大衆芸能だよ。う~ん。ギリギリで芸術じゃない・そこがいいんだなあ。ああいうモンが最近ないんですよ。芸能であろうとするジャズメンがね。ね~え」と、あの笑顔で仰られたので、まあその、ドキッとしました。
大衆芸能評論の草分けにして第一人者である先生に言ったら叱られちゃいますが、<あ、やっぱ一発で解るんだ>と、のけぞった訳ですね。先生はワタシの書籍は『東大アイラー』以外読んでおらず、パソコンもなく、CDをお聴きになっていただけで、初めてのライブを見終えた第一声がこれだったのです(その直前に、頭の上で叩く拍手と満面の笑顔。というのが先んじましたけれども)。
文中の「東大アイラー」という本はこれ。
東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編 (文春文庫)
- 作者: 菊地成孔,大谷能生
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/03/10
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第七位以降は【後編】に続く!