モンテーニュBotは、今日もまたゆかいな発言をしてくれたのでひとつ紹介してみたい。
「私はいつも≪悲しみの少ない者ほどはでに泣く≫という名句を思い出す」(モンテーニュ)※タキトゥスの言葉
— モンテーニュbot (@MontaigneBot) 2017年9月7日
この「悲しみの少ない者ほどはでに泣く」という文句は、訳では五七五風(実際の音数は五八五)になっていて、川柳っぽい。
- 作者: タキトゥス,Cornelius Tacitus,国原吉之助
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1981/03/16
- メディア: 文庫
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「悲しみの少ない者ほど社葬で泣く」とでもすれば今でもサラリーマン川柳で入選しそうな普遍性を感じる。「さすがタキトゥスだ!」と「年代記」を読んでもいない自分でも感心したくなる。
と、ここでお終いにしようかと思っていたが、調べてみるとこの言葉はちょっと書き換えられているらしい。
西谷の本音でトーク:モンテーニュの結婚をめぐる考察: 西谷の本音でトーク
西谷の本音でトーク:モンテーニュの臭さ: 西谷の本音でトーク
さらに「モンテーニュの臭さ」という記事では、ルソーによるなかなかきつい批判も紹介されている。
ルソーは『孤独な散歩者の夢想』のなかでこんなことを書いていたではないか。《わたしはいつもモンテーニュのいつわれる無邪気さを笑っていた。彼は自分の欠点を白状するようなふりをしながら、ただ好ましい欠点しか暴露しないように用心しているのだ。》(岩波文庫、181ページ)ルソーのように逆境に身をさらされつづけた人間だからこそ、このモンテーニュの臭さがよく見抜けたのだ。
確かにちょっと、モンテーニュは偽りの、三枚目風の演技をしていることはしている。
ただ、そのあたりの虚実も含めて「エセー」は面白いので、やはり私はモンテーニュの味方の側につきたい。
「私は自分と反対の意見をけっして憎まない。私の判断と他人のそれとが一致しないからといって、憤慨するなどということは毛頭ない。自分と意見が違い、党派が違うからといって、その人々の社会と相容れないなどということも毛頭ない」(モンテーニュ)
— モンテーニュbot (@MontaigneBot) 2017年9月7日