書くことなし日記:どうしたらいいのかなあ編

 

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以前書いたブログを読み返していたら、二つの小説から「どうしたらいいのかなあ」という台詞のある場面を抜き出している回があった。

特にこれといった考えや落ちがある訳ではないのだが、二つを並べて読むだけでも妙に面白いので、該当部分をコピペしておく。

 

一つ目は小林信彦の「裏表忠臣蔵」から。

 

 「あいつを妾に、という男の名をきいて驚かないでください。大石内蔵助です」
「なんと!」
「間に立っているのが小山源五右衛門と進藤源四郎です。この意味がわかりますか」
「わからいでか。赤穂事件を取材しとるこの近松、手にとるように読める。(略)
・・・で、お軽さんの気持ちはどないだ?」
「それが・・・」と源太郎は唇をかみしめて、
「揺れてるんです」
「揺れる女心っちゅうやつやね。好みや、わしの」
近松はひざをのりだした。
「つまり・・・妾というのはいやだ、と言うのです。ただし・・・」
「ただし?」
「大石は近く、家族を離別するそうです。あいつはそう言っていますが、侍を信用するなと忠告しておきました」
(略)
「阿呆やな、おまえ。お軽さんは、浪人とはいえ元家老の正妻になれるんやないかと夢を描いとるんや」
源太郎はうつむいた。
「そういうとこ、あるんだ、あいつ・・・」
「変に理解したらあかん。おまえ、どないするんや?」
どうしたらいいのかなあ?」
芝居の中のつっころばしでも、ここまでの台詞は吐けない。「傾城江戸桜」で江戸の人間像が描けないと評された近松は、いまの源太郎の言葉を記憶しておこうと考える。

 

裏表忠臣蔵 (文春文庫)

裏表忠臣蔵 (文春文庫)

 

 

 

もう一つは太宰治の「鉄面皮」から。

 

 「兄さん、」と私はいやになれなれしく、「僕はいまは、まるで、てんで駄目だけれども、でも、もう五年、いや十年かな、十年くらい経ったら何か一つ兄さんに、うむと首肯させるくらいのものが書けるような気がするんだけど。」
 兄は眼を丸くして、
「お前は、よその人にもそんなばかな事を言っているのか。よしてくれよ。いい恥さらしだ。一生お前は駄目なんだ。どうしたって駄目なんだ。五年? 十年? 俺にうむと言わせたいなんて、やめろ、やめろ、お前はまあ、なんという馬鹿な事を考えているんだ。死ぬまで駄目さ。きまっているんだ。よく覚えて置けよ。」
「だって、」何が、だってだ、そんなに強く叱咤されても、一向に感じないみたいにニタニタと醜怪に笑って、さながら、蹴られた足にまたも縋りつく婦女子の如く、「それでは希望が無くなりますもの。」男だか女だか、わかりやしない。「いったい私は、どうしたらいいのかなあ。」いつか水上温泉で田舎まわりの宝船団とかいう一座の芝居を見たことがあるけれど、その時、額のあくまでも狭い色男が、舞台の端にうなだれて立って、いったい私は、どうしたらいいのかなあ、と言った。それは「血染の名月」というひどく無理な題目の芝居であった。
 兄も呆れて、うんざりして来たらしく、
「それは、何も書かない事です。なんにも書くな。以上、終り。」と言って座を立ってしまった。

 

鉄面皮

鉄面皮

 

 


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