何でも日記:聖書アプリの「伝道の書」

 

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聖書アプリの「伝道の書」を読んでみたところ、異様なほど分かりやすい翻訳文になっていて、ついつい読みふけって5分ほどで読み終えた。

 

伝道の書 1, リビングバイブル (JLB) | 章 1 | 聖書アプリ | Bible.com

 

どのくらい分かりやすいかというと、比べてみれば一目瞭然である。

 

傳道者言く 空の空 空の空なる哉 都て空なり

日の下に人の勞して爲ところの諸の動作はその身に何の益かあらん 

世は去り世は來る 地は永久に長存なり 

 

 ↑これが文語文で書かれたもの。

 

空の空、空の空、いっさいは空である。

日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。

世は去り、世はきたる。

しかし地は永遠に変らない。

 

↑これは普通の口語訳である。

 

私はこの世に価値のあるものなどないと思います。何もかも空しいのです。

人はあくせく働いた報酬として、何を手に入れるのでしょう。

一つの時代は去り、新しい時代がきますが、少しも変わりばえしません。 

 

↑こうなるとメチャクチャ分かりやすい。

どうも「リビングバイブル」というシリーズは分かりやすさを追求した訳になっているらしい。

 

リビングバイブル 〈旧新約〉 (いのちのことば社)

リビングバイブル 〈旧新約〉 (いのちのことば社)

 

 

それにしても、こういう文章で読んでみると「むなしい」「意味がない」の連発で、精神的に病んだ大学生が書いたブログのような、「中二病」と揶揄されるような内容である。

「そんなことを書いたら、某氏のブログのように炎上してしまうから止めろ」

とアドバイスしてあげたくなるような発言すらあって、色々な意味で面白い読み物である。ツッコミどころが多く、ダウンタウンの浜ちゃんであれば確実に「死んだらええやん」と言うであろう箇所も多々ある。興味のある方は以下の抜粋に目を通してみてほしい。

 

 

歴史はくり返すだけです。 ほんとうの意味で新しいものなど、何もありません。 たといあるように思えても、必ず前例があるか、すでにだれかが言いふるしたものです。 

 

何か「これは新しいものだ」と指摘できるものがありますか。 それがずっと昔になかったと、どうしてわかるのですか。 私たちは、先の時代にどんなことが起こったのか、忘れてしまいます。 そればかりか、のちの時代には、私たちが今していることを、だれも覚えていないのです。

 

それで「よーし、愉快にやろう。 思うぞんぶん楽しむことだ」と、ひそかに思いました。 ところが、こうした生き方も実にくだらないことがわかりました。 寝ても覚めても笑っていたら、頭がおかしくなったと思われます。 それが何の得になるのでしょう。

 

今度は、大規模な事業に乗り出して、仕事からくる充実感を得ようとしました。 邸宅を建て、ぶどう園、庭園、公園、それに果樹園までつくり、良い作物を実らせるために貯水池までつくってみたのです。

 

次に、男女の奴隷を買いました。 私の家で生まれた奴隷たちもいます。 ほかに家畜の群れも飼ってみましたが、その数は以前のどの王よりも多かったのです。 さらに、多くの州や国から、税金として金銀をかき集めました。 文化活動としては、混声コーラス・グループやオーケストラを組織しました。 その上、大ぜいの美しいそばめがいたのです。  

 

こうして、歴代のエルサレムの王もやらなかったような、あらゆることをやってみました。 両眼をしっかり見開いて、これらのものの価値を見極めようとしたのです。欲しいものは何でも手に入れ、したい放題の楽しみをしてみました。 

 

つらい仕事にも大きな喜びがあることさえ知りました。 この喜びこそ、実に、あらゆる労働に共通した報酬なのです。    

 

しかし、してきたことを振り返ってみると、どれもこれも役に立たないことばかりで、風をつかむようなものです。 これこそ価値があると言えるものなど、どこにもありません。

 

光が暗やみより良いように、知恵は無知よりはるかに価値があります。 りこうな人は物事を正しく判断しますが、頭の悪い人は、先のことがわかりません。 ところが私は、りこうな人にも頭の悪い人にも共通点があることに気づきました。 

 

頭の悪い人が死ぬように、この私も死ぬのです。 だから、知恵をつけたって、いったいどうなるというのでしょう。 こうして、知恵をつけることでさえ空しいものだと悟りました。

 

りこうな人も頭の悪い人も死ぬのです。 時がたてば、両者とも、すっかり忘れられてしまいます。

 

ここまでくると、生きているのがいやになりました。

 

 そればかりか、跡取り息子が馬鹿かりこうか、だれにわかるでしょう。 それでも、私の財産は何もかも、息子のものになるのです。 気分がめいることではありませんか。

 

しゃべればしゃべるだけ、口にすることばの意味が薄れてきます。 だから、全然しゃべらないほうがましです。  

 

空しい人生のわずかの歳月だというのに、どうしたら最高の生き方ができるのかわかりません。 死んだ先のことまで考えると、何が最善かを言い当てることはできません。 将来の見通しのつく人は、一人もいないからです。

 

悲しみは笑いよりまさっています。 悲しみは、私たちの心から不純物を取り除く効果があるからです。 

 

りこうな人は死についてじっくり考えますが、ばか者は今どうしたら愉快に過ごせるかだけを考えます。  ばか者からちやほやされるより、りこうな人から痛烈な批評を受けるほうがましです。  ばか者のお世辞は、火にくべた紙切れのように、何の役にも立ちません。 そんなものに心を動かすとは、ばかもいいところではありませんか。

 

物事の終わりは初めよりまさっています。 忍耐は高慢に勝ちます。 短気を起こしてはいけません。 短気はばか者の特徴です。

 

「私の結論はこうです」と、伝道者は言います。 私はあらゆる方面から調べてみて、次のことを確信するようになりました。 私が面接した男性の千人に一人は、確かに知恵がある人物です。しかし女性の場合には、一人の該当者もいませんでした。

 

この地上では、奇妙なことが起こっています。 善人が悪人のような待遇を受け、逆に、悪人が善人のような待遇を受けている事実です。 これもまた、なんとも割り切れない思いにさせられます。

 

そこで私は、おもしろおかしく一生を送ろうと決心しました。この世に、食べて、飲んで、愉快にやること以外に良いことはない、と考えたからです。 この幸福は、神様が世界中の人に与えておられるつらい仕事に、くっついてくるものです。

 

私は知恵を尋ね求めている間に、地上での、休むことのない、人の活動を観察してみましたが、すべてのことを見抜くのは神様だけでした。 自分は何でも知っているんだとうそぶく、知恵のかたまりのような人でも、実はわずかのことさえ知らないのです。

 

生きている人にだけ、希望があります。 「死んだライオンより、生きている犬のほうがましだ」と言われるとおりです。 生きている者には、少なくとも、自分は死ぬという自覚があります。 ところが、死んだ者は何一つわからないのです。 記憶さえありません。

 

愛したこともねたみ憎んだことも、とっくの昔に消えてなくなり、もはやこの地上には、一つも分け前がないのです。だから、食べて、飲んで、愉快にやるに限ります。 そうしたからといって、神様にはどうということはないのです。 

 

短い一生の間、愛する女性と幸福に過ごしなさい。 神様が下さった妻は、地上での労苦に対する最大の報酬だからです。 

 

何をするにしても、りっぱに仕上げなさい。 これから行こうとする死の世界では、仕事も計画も知識も理解力もないからです。

 

私は再びこの世界を見て、足の速い人が必ずしも競走で勝つとは限らず、強い人が必ずしも戦いに勝つわけでもなく、りこうな人がかえって貧乏暮らしをし、腕はあっても認められない人がいることを知りました。 

 

あらゆることが偶然の組み合わせであり、出る場所と時が良ければ、勝運に恵まれるのです。いつ悪運にみまわれるかを知っている人はいません。 人はみな、網にかかった魚、罠にかかった鳥のようです。

 

人間界の出来事を見つめてきた私に、もう一つ深く印象に残っていることがあります。 

人口の少ない町があり、そこに強い王が大軍を率いて攻めて来て、包囲した時のことです。  この町に、知恵はありながら非常に貧しい人がいました。 この人は町を救う方法を知っていたので、町の解放に力を尽くしました。 

ところが、あとになると、だれひとり彼のことを思い出さないのです。  このことから、なるほど知恵は力以上のものだが、その人が貧しければ、さげすまれ、言ったことも感謝されないのだとよくわかったのです。 

 

しかし、そうは言うものの、知恵ある人の穏やかなことばは、薄ばかな王のどなり散らすことばより、値打があるのです。

 

知恵は武器にまさるものですが、たった一回のミスで、物事全部をだめにもします。

 

伝道者は強調します。 

何もかも空しいのだ、と。知恵があっただけでなく、優れた教師でもあったからです。 

彼は人々に、自分の知っていることを興味深く教えたのです。 

知恵ある人のことばは、家畜を追い立てる突き棒のようなものです。それは、たいせつな真理を逃しません。 教師の語ることを身につける学生はりこうです。 

 

注意してください。 人の意見には際限がありません。 それをぜんぶ学ぼうと思ったら、いつになっても終わりがなく、疲れきってしまいます。

 

 
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