よく「ピアノを弾く人は、両手で別々のことができるなんて凄い」と言われるが、少しも凄くない。
ただ右手だけで何回も何回も何回も弾いて、
そらで弾けるようになってからまた何回も何回も何回も弾いて、
次に左手でも同じことをやって、
両手でゆっくり何回も何回も何回も弾いて、
また片手ずつに戻って練習して、
また両手で弾いて、
という繰り返しを延々と続けた結果でしかないからだ。
これはおそらく猿や学者犬、サーカスのライオンや白熊が芸を覚えるのと同じ作業でしかない。
つまりピアノに上達法というものがあるとしたら、どれだけ効率的に繰り返しの作業を行うことができるか否か、ということにかかっているのだと思う。少なくとも初心者のレベルではそうだ。
しかし繰り返しは退屈で、目先を変えるためにやることといえば、せいぜい「強弱をつける」「速く弾く」「ゆっくり弾く」「頭を空っぽにして弾く」「声を出して弾く」「暗譜する」程度のことしかない。
対して、反復練習を邪魔する要素は色々とある。
森羅万象すべてが競うようにして「気分を乗せない」ことに注力している
のではないか?
と思うほどだ。
どんなことがきっかけで気分が乗らなくなるかというと、
1.せっかく練習していたのに鳴る電話
2.せっかく練習していたのに来る新聞勧誘
3.不思議なくらい体が重い
4.やる気は満々だが、よく考えたら今練習中の曲自体があまり好みではない
5.そもそもショパンという名前が気に入らない
6.ピアノがギシギシいう
7.ピアノがベタベタする
8.時計がミシッ、という音をたてた
9.ちょうど3時なのでおやつを食べたくなった
10.急にピアノをうんと綺麗に掃除したくなった
11.天気が曇りなので気が晴れない
12.来週、仕事で会う人がイヤな人だということを思い出した
13.楽譜の横に書いた自分の字が汚くてイヤだ
14.急に鼻水が出てきた
15.外から自分のことを嘲笑っているような声が聞こえてきた
16.ピアノの先生の家にいる犬の名前が急に気になってきた
17.どうしてもその犬の名前を思い出せない
18.よく考えたらもともと犬の名前を教えてもらっていないことに気付いた
19.そういえば車のガソリンが減っているので、ピアノの先生の家に行く前にどうしてもガソリンスタンドに寄らなければいけないことを思い出した
20.メモしておこうと思うが、メモに適した紙がない
などで、これがたった1時間の間に襲いかかってくる邪魔と湧いてくる想念の数々である。まったく気分を乗せるのは難しい。