「IT」の完結編「THE END」の方も観てきた。
夜の9時過ぎから始まって、終わったのが深夜0時である。三時間近い映画を2本ではなくて、二時間の映画を3本という形で作ってほしいのだが、もう観終えたので諦めるより仕方がない。
しかし、せめて「これから観る人はそのくらいの配分で観た方がいいですよ!!」とは言いたい。ただし人によっては「年末年始に六時間くらいぶっ続けで観たい」と思うかもしれないので微妙なところではある。
感想としては、やはり原作に戻って最初から丁寧に読み直したいと思うような出来なので、そう思わせることができたら成功作と考える人にとっては成功作である。決して映画版が物足りないということではないので、失敗作とは思えない。
さてこの映画の怪物は「相手が最も恐れる何か」に姿を変えて、恐怖を与えては餌食にする。こういう関係性は、変な連想だが手塚治虫にも当てはまる。手塚治虫は相手に合わせて配慮しながら「相手向きの自分」を出すようなところがあって、温和で素朴な同業者たちと一緒にいるときは、温和で素朴な同業者として接するし、アニメーションに対する情熱を持っている作り手に対しては情熱的なアニメーション賛歌を語る。
漫画が青少年に与える影響について、厳しい意見を持っている評論家には同じように厳しい目で漫画を見る評論家としての意見を返す(あるいは擁護し、あるいは批判もする)し、編集者が締め切り直前になって「描け描け」とせっつくと、夜中にどうしてもチョコレートを食べたいと言い出す。これは自分にとっての無理難題を押し付けてくる相手に、無理難題を押し返しているだけの話である(それでもかなりの我侭ぶりだが)。
鋭い才能を持った若手が現れると、ついつい剥き出しの、刺さるような、鋭い我を出してしまうこともある。ストーリーの都合でいきなりキャラクターを殺すような手法に反発する作り手もいる。誰もが「手塚治虫」という巨大な鏡に映った自分を見て、あの人はこういう人だ、素晴らしい人だ、我侭な人だ、情熱家だ、エゴイストだ、ヒューマニストだ、超人だ、天才だ、経営者としての才能がない、ダヴィンチだ、神だ、と納得したり感心したり、持ち上げたり反発したりする。
ブラック・ジャック創作秘話 ?手塚治虫の仕事場から? (少年チャンピオン・コミックス)
- 作者: 吉本浩二,宮崎克
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ただし、こうした関係性は手塚治虫自身にすらコントロールできる部分とできない部分があるようで、たとえば藤子不二雄が宝塚の自宅を訪問した際に、描いてきた「ベン・ハー」(←諸説あり)を持参したが、あべこべに「ロスト・ワールド」の原稿(当時は単行本になっていない私家版の方)を見せられて衝撃を受けた、というエピソードを思い返すなら「相手が望む自分の姿」に沿うようにある程度の配慮はしているはずだが、切羽詰まった状況でもあるので、素の部分がかなりそのまま出ているようにも思われる。
これがカウンター気味に藤子不二雄の二人に直撃してしまったのは幸いである……、と軽々には言えないが、他の誰でもなく藤子不二雄であったことは後世の人びとにとってかなりの程度、幸いであった。
最近よく「最良の教師は生徒の心に火をつける」という言葉について考えるのだが、手塚-藤子の師弟関係においては、まさにこのエピソードのこの場面が弟子に与えた教育的な効果は火をつけるどころか、爆発級の力を持っていたに違いない。
いつの間にかほとんど「IT」と関係のない話になってしまった。しかし、手塚治虫の凄さはこういう長大な作品を題材にチョロッと脇道から説明した方が、よく伝わるのではないだろうか。