初心者の短歌日記:3月 その2

 

 


初心者の短歌日記:3月 その1 - 何かのヒント

続き。

 

6.羊

羊水の眠りに落ちて見渡せば割れて砕けて裂けて散るかも

 

動物の羊をストレートに持ってくるのはまずいだろうなと考えた。

そこで「羊水」にしてみると「の眠り」「に落ちて」「見渡せば」と、2秒くらいでパパッと前半が頭に浮かんだが、いま思うと安直でよろしくない。

後半は胎児が見るような夢の光景を示せばいいのでは?と考えたが何も浮かばず、「大海の磯もとどろに寄する波 割れて砕けて裂けて散るかも」をそのまま拝借した。

 


7.線

点線は点か線かで紛糾し難読系の子らのジャスティス

 

これも前半がすぐにできた。「点線は点か線か?」という揉め方は見たことも聞いたこともないが、変なリアリティがある。また傍から見ると些細なことで感情的に、激しく対立しているというアホらしさは子供の世界だけでなくあちらこちらで目にする。

「変な名前の子供」を表現したくなって「新発売のガムじみた名前」という文句を考え、「新発売のガムじみた名前の子らが飢え死に」としたかったのだがどうにも収まらない。

 

点線は点か線かで紛糾し   難読系の子ら続々と気絶中

点線は点か線かで紛糾し 難読系の子らのじゃんけん

 

という風に言葉を入れ替えていって最終的な形になった。「じゃんけん」よりは「ジャスティス」の方が面白いと思ったからである。

昔「ガキの使い」で「松本さんは何と呼ばれたいですか?」という質問に「ジャスティス」と答えていたのを覚えている。そこからの引用のようなものである。

 


8.バク

雷と滝に打たれて蘇生せしバクのひり出す銀の弾丸

 

これも動物の獏そのものや、「夢を食べる」という文言はほぼ禁句だろうなと思い、檻に閉じ込められた獏の「檻」で何か書けないかと思って少し考えたがダメだった。

「獏が夢を食べるとするなら、その糞は何か?」

「この糞のような我々の現実は、実は獏の糞である!」

という内容を書こうかとも考えたが、別に現実を糞とは思っていないし「糞」という言葉は使いたくない。

フィクション的なことなら平気で書けるが、思ってもいないのに「現実は獏の糞」と書く気にはならない。

そのうちに何となく「雷に打たれた獏」というイメージが浮かんで、「打たれた」という言葉から「滝」が連想されたので、

 

雷と滝に打たれて蘇生せし

 

としてみた。

何となくコミカルで、スピード感があっていいように思った。

「雷に打たれた獏が気絶して、滝に打たれて目をパチクリさせて意識が戻った」

というつもりで、人形アニメ四コマ漫画風でもある。

ここで唐突に、

 

花嵐少女歌劇の幕切れは君を撃ち抜く銀の弾丸

 

という短歌を以前、雑誌「幻想文学」で読んだのを思い出した。

この「銀の弾丸」というのは狼男を退治するための、ホラー界に特有のアイテムである。

この言葉を最後に置いてみると、まあまあ格好がつく。発想としては先ほどの「糞」を引きずっているが、獏の尻からコロンと銀の弾丸が出てきて、狼男を退治するための役に立つというのは面白いのではと思った。

後から考えると獏の顔つきや体型は弾丸のようにも見えるし、不思議な雰囲気の珍獣であるから、バランスがうまく取れているようにも思う。

冷静に見直してみると奇妙で、変な短歌である。元の短歌があるので、これだけは体言止めがきちんと決まっているように見える。

 


9.年度末

年度末待てども来ない救世主 神よたまには憐れみ給え

 

年度末は忙しいが、かといって誰かが助けてくれるわけでもない。

「神よたまには憐れみ給え」というのは「神よ憐れみ給え」のもじりで、絶望でも希望でもない、冷めた感じがあって自分では気に入っている。

しかし、ちょっと気の利いたフレーズひとつで誤魔化している感じもする。

 


10.信号

浦島に託す信号開けられて煙たなびく海の心臓

 

あの玉手箱は実は、乙姫様が竜宮城のピンチを通信するための信号ではなかったかという説である。ところが、開けてしまったためにメッセージは通じず、その瞬間に竜宮城も爆発して、海の底で煙が立ち上っている……。

というつもりで書いたのだが、これは説明しきれなかった。

ところで、浦島太郎は良いことをしたお礼として竜宮城に招待されたので、最後にしっぺ返し的にお爺さんになってしまうのは無理があるように思う。亀に「もうそろそろ人間界に戻っては」と勧められたのを無視したとか、何らかの伏線がないといけないように思う。

 

 

1から10まで振り返ってみると、完成した当初は「これでよし」と思ったのだが、どうもやっつけ仕事っぽい感じがする。総じて安直な発想と引用、体言止めの多用が目につく。

と書くと自分に厳しいようだが、他の人の感想で褒めてもらったりすると「やはりペコちゃんの作品はいいな!」と考え直したりもするのである。

 

初めに書いたように、自分は俳句の方に向いていると思い込んでいたので、詠んでみたら短歌の方がずっと自由で、やりやすいという驚きがあった。

現実そのままのような短歌でも、レトリック一つで急に幻想的になったりするので、その辺りが面白いと思う。

 

課題としては、説明不足になってしまう場合ときちんと説明すべき事柄との匙加減がよく分からない。

また、フィクション性の高い短歌を作るのは面白いのだが、それ以外の部分(素の自分とか、仕事とか)をどう取り込んでいくべきなのか、やはりその辺りの匙加減がもう一つ掴めない。

 

できれば今後も「短歌の目」には参加するようにして、それ以外の場でも詠んだり読んだりしてみたいと思う。


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