俳句の本が数々ある中で、これまでに私が読んだ本はせいぜい数十冊にすぎない。
その数十冊の中で何の留保も条件もつけずに☆5つと言える本は二冊しかなくて、そのうちの一冊が本書である。
ところがこの本の紹介は妙に難しい。
良い本ならその良い点をただ素直に挙げていけば済む話だが、この本はどの部分を紹介すればいいのかを考えながら読んでいるうちに、またじっと読みふけってしまう。
書いてある内容を熟知していても、また読み返したくなる。
柴田宵曲の文章には人心を穏やかにさせる性質があって「この本は凄い!ぜひ読むべき!」といった興奮型の書評や感想を書く場合の心理とは真逆の方向へと心を持っていかれる。
むしろ日頃のザワザワ、そわそわしてばかりいる心が嘘のように鎮静化して、余計な雑念が消えて無くなる。
やがて、ただひたすら「この本はいいねェ……」という感慨に耽っているだけの、単なる点のような、一読者になる。
評価や紹介をしようという心理とはかけ離れた、物静かで控え目で、赤ん坊のような無欲な状態に戻るまで、枝葉を刈り込まれる。
いわば自分がリセットされるのである。
それでも一応、客観的にこの本を紹介してみると、タイトルの通り古い、無名の人の詠んだ俳句を鑑賞しているという、本当にただそれだけの本である。
権勢に近づかず人に知られることを求めずして一生を終えた柴田宵曲.だが残された書はその人柄と博識ぶりを伝え,一度その書に接した者に深い印象を与えずにはおかない.本書は,元禄時代の無名作家の俳句を集め,それに評釈を加えたもの.今も清新な句と生活に密着したわかり易い評釈が相まった滋味あふれる好著. (解説 森 銑三)
1ページに1句か2句というペースで、新年から春夏秋冬へと季節ごとに分類されている。
原著は昭和19年刊、文庫化されたのが昭和59年ということで、当時の文化人の反応をブログ「黌門客 」で幾つか拾い読むことができる。
最後に少しだけ、この本で鑑賞されている無名作家の俳句から好きなものを挙げておく(新年から季節の順番に)。
元日やずいと延たる木々の枝
春雨や障子を破る猫の顔
夏旅やむかふから来る牛の息
木犀のしづかに匂ふ夜寒かな
火燵からおもへば遠し硯紙
柴田宵曲にはこの本以外にも俳句関連が何冊かあり、平成以降は岩波書店以外からも少しずつ文庫化されている。
どの本も静かな文章で、しかも読みやすくて楽しい。俳句関連以外で一番お勧めしたいのは「妖異博物館」「続・妖異博物館」である。
追記:いつの間にか青空文庫で「古句を観る」が読めるようになっていた。