話が長い人の分類:牛のよだれ系

 

 

次は牛のよだれ系であるこれは私がそうあれは確か今から二十年近くも前の

若き日のこと見知らぬ住宅街の一軒家にて玄関先で正座をして牛のよだれのごとく人間同士の会話に自然と発生するはずの「間」というものがいっさい入らずにいや入らせないとでもいうべき断固たるしかしながら静かな口調で延々と自らの近況および考えを喋り続けるといった風情のお婆さんがいたこの人はおそらく精神を病んでいたのかもしれないし今となっては確かに認知症の気配があったようにも感じられるのであるがこの人との一対一の会話はその日を最後に二度とすることはなかったなぜかというと翌年は息子さんらしき方から電話がきて保険の継続はしない旨の申し出があり名前を覚えるほどの関係にすらならずにまたお婆さんのその後のことを根掘り葉掘り尋ねるわけにもゆかずそこで関係は途絶えてしまったのである今でも何となくホラー的なうす鼠色の空や古い家屋そして何よりもお婆さんの妙な姿勢の正しさと共に忘れることができないままでいるのであるがこのようにブログを通じて皆さんにお伝えすることで少しでも雰囲気をわかっていただきたく置き場に困る記憶のいわば供養になるのではないかと考える次第であり当時このお婆さんの話をどのように途中でさえぎってどのように用を済ませてどのように帰ってきたのかほとんど何も覚えていないのであるあなたも今後このような牛のよだれ系の人物との会話をする機会があるかもしれないしかし有効なアドバイスを申し上げることはたいへん難しくいま考えようとしても人との会話をこちらの都合で一方的にかつ急に切り上げる手段など思い浮かばないので他人事ではない明日か明後日かわからないが急激に進んでいる超高齢化社会において次の被害者は誰になることかまったく見当もつきはしないただしこの記事をすでに終盤近くまで読んでしまったあなたが途中で誰かの話を遮るような強引さまたは勇気を持っている率は相対的に見てかなり低い方なのではと失礼ながら親身なアドバイスとして老婆心ながら小さな声で言わざるを得ないので充分に気をつけていただきたく思う次第でありさらにこの話題は何とか系かんとか系ほんにゃら系とあと三回か四回くらいは続けてみてその後で何かを思いついた場合にはまたもや続きを予告なしに書いていこうかと思っている次第でございます。