「女王蜂の叫び」という技

 

 

本のタイトルや歌詞に「僕らの~」「僕たちの~」という言葉が入るのは珍しくないが、これの女性版はあまり見かけない。「あたしたちの~」「ウチらの~」といった形になるのだろうか。

しかし後者は明らかにヤンキー風で、意味が狭い。「僕ら」「僕たち」はどことなく男が中心の集団で、周辺に女性も入れてあげるよ、といったニュアンスである。急にフェミニズム的なあれこれが気になってきた。

 

遅れてきた青年 (新潮文庫)

遅れてきた青年 (新潮文庫)

 

 

そういうことを考えつつ「遅れてきた青年」を読んでいたら、子供の頃のことを急に思い出した。自分とさほど仲のよくないE君という子がいて、その子はメチャクチャなほど、途轍もない大声を出せるのだという自慢話をされたことがあったのだ。

「3キロほど離れた小学校まで声が届いた!」と子分のような奴が興奮して力説するのだが、どうもピンと来なかった。それなら今やって見せてよ、と言えないような雰囲気だったので話が続かない。それで「ふーん、すごいね」と感心するしかなかったような記憶がある。

しかもその大声には「女王蜂の叫び」という技の名前があって、いま思えば70年代の東映ピンキー・バイオレンス映画風で、何だか可笑しい。

 

東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム

東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム

 

 

そもそも男の子の技なのに「女王蜂」という点が変だし、蜂は女王蜂だろうが働き蜂だろうがミツバチだろうが、別に鳴かないし叫ばない。少しくらいはキキッ、とかヂヂッ、と鳴くこともあるのかもしれないが、大声を出す技にしては、少しもふさわしくない。何も考えていない子供の頭から出てきた、頓珍漢なネーミングである。

おそらく自慢げにそんな話をしていたガキ大将風の子もその子分も、今はもうすっかり忘れているはずで、それを覚えている方が変なのだが、それでも世界で自分ただ一人の記憶かと思うと不思議な気がする。