落語日記 36-40

 

 

「ちりとてちん」の総集編の前半(90分)を観た。
師匠のもとにかつての弟子が集まり、「やりたいことが無い」とか言っていたしほりちゃんも発奮して「あたし、落語家になる!」と意欲満々になった。

後半は一体何が起きるのだろうか。

 

 

それから、車で聴くための落語のCDを補充するのを忘れていたので、志ん生「大工調べ」「天狗裁き」、可楽の「うどん屋」「二番煎じ」など、一度聴いたものをまた聴く。これらは二度聴いても面白く感じられた。

可楽の「らくだ」は今日初めて聴いた。これは普通なら50~70分かける大ネタだが、何と27分にまとめている。しかもカットなしで。こいつはビックリ。

 

八世可楽解釈: 八代目三笑亭可楽の落語を解く。

八世可楽解釈: 八代目三笑亭可楽の落語を解く。

  • 作者:田中聡
  • 発売日: 2020/05/11
  • メディア: Kindle版
 
らくだ

らくだ

 
花形落語特撰~落語の蔵~/(八代目)三笑亭可楽
 

 

ところで「らくだ」の死体運びに桶を使うというのは、映画「用心棒」を思わせる。

最初にあの映画を観て桶で三十郎が運ばれるのを観た時、何という斬新な隠れ蓑だろうかと感激したのだが、よくよく考えたらあの当時の日本人はみな落語の「らくだ」くらいは知っていて、特に驚くようなことでもなかったのだろう。

海外の黒澤ファンもこの辺はちょっと気付かないのではないだろうか。

 

 

DVDでまたも談志。「短命」と「鉄拐」。

「短命」はこの間誰かがやっているのをDVDで観たが、談志の方がずっと面白かった。なぜ短命なのかが理解できないでいた男のおかみさんが終盤出てきて、ガラガラの低い声で「おがえり~」と言うだけで観客も自分も大笑い。

「鉄拐」は仙人が人間の世界で人気者になるという噺。初めて聴く割には何となく知っているよなと不思議に思っていたら、小林信彦の40年くらい前の本に「鉄拐」の現代版のような小説があったことを夜中に発見した。

 

 

これが談志版とよく似たイメージもあって、真似したのかと思うほどだった(例えば「ヒッピー」という言葉が出てきたり)。40年前という事を考慮しなくても、この噺に関して言うなら小林信彦の勝ちと言える。でもそっちの方は誰も読まないし、今後もおそらくほとんど読まれないだろう。談志のDVDはおそらく参照され続ける。しかし今一つ完成の域に達していない、試作品のような出来だった。

 

 

だんだん落語を見たり聴いたりするペースに日記を書くペースが追いつかなくなってきたので、少し急いで落語関係の感想をメモとして書いておく。


まず談志のDVDは、枕を集めたもの1枚と「天災」を観た。
これは特にこれといった感想なし。
返却期限があるので、「居残り左平次」は未見。

CDで林家正蔵「唐茄子屋政談」「藁人形」を聴いた。
「唐茄子屋」は何だか気の毒な話になって、ほとんど暗いまま終わるので何だこりゃと思った。
調べてみたら、「上・下」とあって、今は完全版をあまりやらないとか何とか、そういった事情が書いてあった。
こういう中途半端な所が落語の魅力でもある。

「藁人形」も悪い女に騙されて金を奪われて、恨み爆発だと思っていたら、ちょっとした落ちがついてお終い。「これで終わりかよ!!」と叫びたくなってしまった。しかしまあ、それもまたよし。林家正蔵の声は聴いていてホッとする。

あと落語関係の本で、山田洋次の「放蕩かっぽれ節」という創作落語やシナリオの入った本を読んだ。
この中では「放蕩一代息子」というドラマのシナリオが前半「よかちょろ」そのもので、後半は「悲惨版:男はつらいよ」みたいな話になる。

家を出たバカ息子が渥美清で、まともな職業は長続きせず、とうとう乞食になって野垂れ死にに近い様子になる。また息子を心配していた大旦那も死ぬ。それで最後に妹の倍賞千恵子が、「はたしてどっちが幸せだったのかしら?」みたいな、わざとらしいメッセージを喋る。山田洋次にも困ったものだと思いつつも夢中で読んでしまった。

それから「寄席末広亭」という聞き書きの本も読んだ。

高齢の席亭の回想話で、色々な思い出話や、志ん朝、談志、円楽の3人を比較した辺りが面白かった。昭和五十年の時点での人物評としては恐ろしく正確で、円楽への評価が実に厳しい。

 

 

 

CDで円生の「木乃伊取り」「山崎屋」の二つを聴いた。

「木乃伊取り」はタイトルからしてネタバレになっている。
ある若旦那が吉原に入り浸って帰ってこないので、連れ戻しに行った番頭がまた引き入れられてしまうという話。

「山崎屋」は何とこの間、談志のDVDで観た「よかちょろ」の後半部分なのだった。
「よかちょろ」の後を談志が工夫して、「山崎屋」の前半部分を接続したものを自分は最初に見たのであった……、という事情が後から分かった。
「山崎屋」は後半も結構楽しめた。

前回の日記で書いた山田洋次の「よかちょろ」→「男はつらいよ」的な展開よりずっと良かった。
談志版の「よかちょろ」→「山崎屋」は、遊び好きの若旦那がゆすりのようなことをする展開がいい。

自分なら「よかちょろ」の後半は、アホな若旦那が「よかちょろ」を芸として大成させるとか、世に広めるとか、売るとか、話を大きくする方向で考える。

 

 

ツタヤで借りた談志のCDで「金玉医者」を聴いた。

前半はどこか他でも聴いたか読んだかしたような雑談やジョークがほとんど。色々な落語を混ぜたような話は今ひとつ分からなかった。

 

 

談志の枕を聴いていると自分も影響されて、ひねくれた事を言いそうになってくる。

誰か「明けましておめでとうございます」

自分「別にめでたくなんざないねェ、不景気だし、自殺する人も増える一方で、正月番組なんかどれもこれも退屈だし……、でもまあ常識として、一応めでたいと言っておく。ところで常識ってなァいったい何なんだ?え?」

 

という風に、談志っぽくいつまでもお喋りできそうな気がする。

「金玉医者」の本題の方は、あれこれ聴いた談志の落語の中でもかなり特殊な喋り方の奇妙な医者が出てくる。果たしてこの医者はどのような治療法をしているのか?という謎で引っ張るが、ごくごくバカバカしい結末なので、他の人があまりやらないというのも理解できる。

自分としてはかなり好きな部類の噺だったので、CD-Rに焼いておくかもしれない。◎○△×で評価するなら◎と○の間くらい。