庭いじり用商品やペット用具、カー製品などを扱う新装開店の店に入ったところ、落語のCD売り場を発見。
一枚千円で何枚かあった。早速チェックしてみるとその中に小さんの「将棋の殿様」があって、前々から聞いてみたかった噺なので購入。
車の中で聴いてみると、非常に明瞭で誰が誰に何を言って、話がどういう方向に進んでいるのかが何の苦もなくスラスラ頭に入る。やはり何だかんだ言っても小さんは凄い。
この人と金馬はとにかく明瞭で明快な所がいい。
さて、今日は談志のDVDで「つるつる」を鑑賞してみた。
談志の本は何冊か読んでいるし、CDでも以前ちょっと聴いたのだが、今回は全盛期と言われる90年代のものなので「もし全く大したことがなかったらどうしよう」「自分にとってメチャクチャ退屈だったら困るな~」という心配も少々あった。
しかし枕の部分は今ひとつだったが、やはり噺の中身は大変見事なもので、引きこまれた。
桂文楽の「つるつる」を予め聴いていたので筋が分かりやすかったこともあるが、部分をかなり膨らませたり、枝葉をつけて膨らませたり、微妙な色付けや改変や刈り込みがあるので、もとの「つるつる」が曲だとすると、編曲家・演奏家としての談志の手腕がよく見えた。
サゲの部分も変えていて、ほんの2,3分ながらも「一体どうなることか」と釘付けになった。終わった時には「ウーム」と思わず唸ってしまった。やはり談志は凄い。この調子でもう何作か続けて観てみよう。
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前回書いた、小さんCDのもう一つが「不動坊」。
これは今回初めて聴いた。
幽霊の振りをして人を驚かそうという噺で、小さんは大きく声色を変えている訳でもないのに、何人かの人物像が鮮明に、生き生きと立ち上がる。
それから桂米朝の「しまつの極意」「桃太郎」も聴いた。
「しまつの極意」はけちな人のエピソード集という感じで、半分くらいはどこかで聴いたことのあるエピソードだった。扇を使うのが勿体無いので、顔の方を動かすとか。
他には、使用人を二人削っても仕事ができるから「二人ともいらん」と二人をクビにし、夫婦だけで仕事をやってもこなせるので「女房もいらん」と別れ、一人でやってもこなせるので、「自分もいらん」とか言って自殺してしまうとか、そんな所が面白かった。
「桃太郎」は関東のものとほぼ同じだった。
談志の弟子の立川キウイという人の書いた本と、立川談四楼の小説、談志の「新釈落語咄」を買った。自分はまだ談志教の信者というほどではないが、そういう人の心情の理解がやや進んだ。
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今まで志ん生の良さは今ひとつ理解しかねると思っていたが、今日CDで聴いた「大工調べ」「天狗裁き」は共に楽しく聴くことができた(しかしどうにも現代の録音と比べると、昭和三十年代のものは聴きづらい)。
続いて小三治の「子別れ(上・中・下)」。
これは長い噺なので、滅多に通しでやる人はほとんどいないというもの。CD2枚組。
今日は上のみを聴いた。葬式のついでに吉原へ行こうという酔っ払いの噺なので、大変愉快だった。そして音質が良い。
落語に夢中になったせいではないのだが、車を運転していて道を間違えた。
ブックオフで、落語家が日本一周して修行するという本があった。これは新刊で買おうかどうするか少し悩んでいた本だったので、すかさず購入。「しゃべれどもしゃべれども」の文庫もあったのでついでに買った。
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柳家小さんの孫で花緑という人がいて、この人は戦後最年少で真打になったとのこと。しかし自分はテレビでも観たことがないし、CDも余り出ていないし、落語の入門者用ガイドのような本でも余り見かけない。
この人の本「僕が、落語を変える。」が図書館にあったので借りて読んだ。
内容は子供の頃から今までの生い立ちをインタビュー形式で書いたもの。インタビューを元にして、書き手の感想がちょいちょい挟まる。
私は小さんの落語が好きなので、晩年の小さんに稽古してもらうというだけで羨ましい。しかしこの花緑という人の言うことは、全体的に平凡で、顔が石野卓球みたいだなあという以外はほとんど感想を持てない。
筆者も「道を歩いていても声をかけられることがない(=一般的な知名度はまだまだ)」ということを何故か強調している。
落語は見るか聴くかしないと分からないし、「こういう風に落語界を変えるのだ」というビジョンがある訳でもない。
それから立川志らくの「全身落語家読本」も読んだ。なぜ落語は世間からつまらないと思われているのか、という理由が最初に幾つか書いてある。
「笑点」や「小中学校での落語」がつまらないからだ、という指摘は当たっていると思うが、それ以上にこの人の書く文章が所々退屈なので、今一つ説得力がない。
ちなみにこの人が「キネマ旬報」に書いている映画のエッセーも余りよくない。
しかしこの本の後半は結構よい。古典落語の色々な噺ごとに「これはこういう噺だ、ここがポイントだ、これが本質だ」という落語評みたいな文章は大変為になった。
で、最後に落語テストなるものがあって、これも何だか微妙な所。全体としては余りパッとしない本で、なぜこの人は自信満々でいられるのか不思議。
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今日から昭和の大名人、三遊亭圓生を少しずつ聴いてみることにした。
まず最初は「盃の殿様」。
我侭な殿様が、吉原に遊びに行きたがるという噺。
だいたい自分は殿様が出てくる噺はみな好きで、これも面白かった。
また円生は声も言葉も輪郭がはっきりしていて、聴き易い。
次は「包丁」。
これは人を騙そうとする企みの噺。色気があって、江戸の空気があっていいですな。
この人は長い噺が多いが、聴いていて苦にならない。